寺西家長屋(大阪市)・昭和町駅付近、アルバイト漬けでもモラトリアム人間病、小此木啓吾の身勝手な「病名」。アルバイトなんか何もしない大学生はモラトリアム人間病ではないのは月5万円酒代使う男がアル中で10万円酒代使う男がアル中でないのと似ているー日本基督教団南大阪教会とその界隈・文の里商店街。桃山学院高校はどんな教育やってるんだ!【1/ 】

[第696回]
   「ウルトラマンの歳はいくつ?」「ジュハッチ(18歳)」というのは全国ネタだが、
「ウルトラマンの住んでる所は?」「ショワッチョ(昭和町)」というのは関西限定ギャグ・・。
もっとも「昭和町」という地名は大阪市阿倍野区昭和町1~2丁目 だけではなく、大阪以外にも「昭和町」はけっこうあるので、関西限定と決まったわけでもないかもしれない。
  神奈川県川崎市には川崎市川崎区昭和 という地名があり、JR鶴見線に「浜川崎」駅と「扇町」駅の間に「昭和」駅があるが、なぜか、川崎市川崎区昭和 とJR鶴見線「昭和」駅は別の場所にある。 1980年代、大学生だった時に、鶴見線の沿線、鶴見線「浜川崎」「昭和」「扇町」駅付近などに国鉄(現 JR)の線路に除草剤を散布する仕事にアルバイトで行ったことがある。「アルバイトを嫌がる人間はモラトリアム人間病という病気です。慶應大学の小此木啓吾先生というエライえらいエライえらいエライえら~いという先生がそうおっしゃってる」とうちの父親はおっしゃるのだった。
  しかし、たとえば、横浜市港北区日吉の慶應大学日吉キャンパスのすぐ南にあった日吉台学生ハイツにいた、桃山学院高校卒で慶應大商学部に行っていた井上という男(1980年頃当時、20代前半)などは、桃山学院高校(大阪メトロ「昭和町」駅の少し南東にある)https://www.momoyamagakuin-h.ed.jp/ しか出てないくせしてからにアルバイトなんて何ひとつとしてしていなかったが、それでも井上はモラトリアム人間病ではないそうで、それに対して、私の場合はうちの父親が「あんた、あしたからうちの会社の工場でアルバイトすることに、決めてきたっ♪」と言って勝手に決めてきて、そして無理矢理アルバイトに行かされ、うちの父親の部下にあたるその工場の工場長で課長だったMさんから「あんた、よう我慢したなあ。普通、北野高校を出たような人間で慶應大学に行ってるような者に、こんな仕事させたら嫌がるもんやけど、あんた、よう嫌がらずにやったなあ」と言われたのだが、うちの父親は「下の仕事を多く長くやればやるほどええんや」などと言って私に「下の仕事」を大量にさせようとした。「下の仕事を多く長くやればやるほどええんや」とうちの父親が言うのは私に対してであって、よその息子には決して言わなかったし、そうやって「下の仕事」を大量にさせようとしたのは私にであって、よその息子には決してそういう態度はとらなかった。うちの父親はそういう男だった。 ついでに、《YouTube ショート-パラ高 けんかを転売するやつ》https://www.youtube.com/shorts/acwy7p5zWsU では「けんかを転売するやつ」というのが出てくるが、私は「若い時の苦労は買ってでもしろ」とうちの両親に耳鳴りするくらいに言われて大量に「苦労」を買わされたのだが、私の倉庫に買いまくった「苦労」がたまりにたまったので少しは売ってやろうと思ったのだが、もしも可能なら一回り高い値段で売ってやりたいところなのだが、転売しようとしても誰も買わない。なんとも「売れない商品」を大量に買わされてしまったようだ(泣)。 そして、同じ高校の卒業生とか同じ大学の学生とかが勉強している時・遊んでいる時に私だけに只管「アルバイトお、あるばいとお、アルバイトお、アルバイト於」と言ってアルバイト漬けにしたのだったが、それでも私はモラトリアム人間病と慶應大学の小此木啓吾先生というエライえらいエライえら~いという先生に「診断」されるらしかった。
  そういう「モラトリアム人間病」という「病名」を発明した小此木啓吾という男はどういう経歴の男かというと、小学校:慶應(慶應幼稚舎)・中学校:慶應(慶應中等部)・高校:慶應(慶應義塾高校)・大学:慶應(慶應大学医学部)・勤め先:慶應(慶應大学医学部および慶応病院)というサラブレッド的慶應、もしくは「ほとんどビョーキ」の人だった。そんな人が大学生の時に私みたいにアルバイト漬けの生活していたかというと・・・、そんなもん、慶應の内部進学がそんなものやってるわけないだろうが・・ということは小此木啓吾こそ誰よりも「アルバイトを嫌がるモラトリアム人間病の重症患者」だったということになるはずだった・・にもかかわらず小此木啓吾は自分には「モラトリアム人間病」とは決して「診断」しないのだ。ロボトミーとか電気ショックとかやって「治療」しようとはしないのだ。おかしいだろう・・と思えるのだが、それが「精神医学」「精神分析学」というものだったのだ( 一一)
〔  1980年代前半、慶應大学にあったステューデントカウンセラーズというカウンセリングのサークルにいた小学校:慶應・中学校:慶應・高校:慶應・大学:慶應・大学院:慶應というO田という男が「きのう、テレビ見てたら東大に行かそうとする小学生の学習塾というのをやっていたんだけど、『小学生の時から《東大に行くんだ》とか言ってるやつ』て、俺、そんなやつ気色悪いよお」などと私に言うので、私はつい本音を口にしてしまったことがあった。「何、言うてんねん」と。「そんなこと言うなら、『小学生の時から慶應に行ってるやつ』なんて気色悪くてしかたがない」と。もしも、小学校:公立小学校・中学校:公立中学校・高校:公立高校・大学:国立大学と進んだ人間が「俺、小学生の時から『東大に行くんだ』とか言ってるやつて気色悪いよお」と言うなら、それならわからないことはない・・・けれども、だ。「小学生の時から慶應に行っていたやつ」に「俺、小学生の時から『東大に行くんだ』とか言ってるやつて気色悪いよお」などと言われたあかつきには、「何、言うてんねん」「おまえが一番気色悪いだろうが」・・とならないか・・と思うのだが、ところが、これは慶應大学においては、慶應的精神空間においては言ってはならないことだったのだ。彼、O田は慶應の内部進学の人間としては「ものすごい寛容」な人間だったので、私が「何、言うてんねん。そんなこと言うなら小学生の時から慶應に行ってるやつなんて気色悪くてしかたがない」と言っても、「うん。それが一番気色悪い」と言って特に怒らなかったが、普通は慶應の内部進学の人間に「何、言うてんねん。そんなこと言うなら小学生の時から慶應に行ってるやつなんて気色悪くてしかたがない」などと言おうものなら、彼らは「愛塾心」に燃えて殴りかかってくるものだ。それが彼ら慶應内部進学の人の世界観であり、それが彼らの「常識」であり「正常」なのだ。小此木啓吾の「精神医学」「精神分析学」というものはそういう世界観、そういう「常識」でできているのだった。そういう本を大量に出版してもうけていたのが三笠書房という怪しい出版社だった。そんな小此木啓吾が大好き♪ ・・という人が世の中にはけっこういたが、小此木啓吾が大好き♪ という人というのは小此木啓吾が発明・作成した「病名」「準病名」をレッテルとして貼りつけられるのは自分ではない、自分以外の誰かが貼られるものだと理由のない確信を持っている人だった。小此木啓吾の本を読んで「あいつがモラトリアム人間病だ。あいつがピーターパンシンドロームだ。あいつがウェンディジレンマだ」とか自分の周囲にいる人間に心の中で小此木啓吾謹製「精神医学」的レッテル・「精神分析」と称するものによるレッテルを貼りつけて快感を覚えている・・という精神構造の人間・そういう人格の人間だったのだ。 1980年、慶應大学の「近代思想史」という講義で担当のN教授が「私のゼミの人で『自分はヒトラーのようなナチズムといったものは悪くないと思う』と言った人がいたので、私は『あなた、もしもナチズムのようなものが悪くないと言うならば、それはあなたがヒトラーの親衛隊とかそういうものになるのが悪くないという意味ではありませんよ。自分がユダヤ人の立場でガス室に送られて殺されるのが悪くないという意味ですよ。わかってますか』と話したんです」と話されたということがあった。小此木啓吾謹製の「精神医学」的レッテル・「精神分析学」と称するものによるレッテルをひとに貼ってまわるのが悪くないというのなら、それは自分自身がそういうレッテルを貼られることが悪くないということを意味すると理解しない人というのがいるのです。あくまでも小此木啓吾謹製「精神医学」的レッテル・「精神分析学」と称する内部進学の人の世界観によるレッテルを貼られるのは「自分以外の誰か」であって自分が貼られることは絶対にないと勝手に確信持ってる人というのは、それは「もしもナチズムのようなものが悪くないと言うならば、それはあなたがヒトラーの親衛隊とかそういうものになるのが悪くないという意味ではありませんよ。自分がユダヤ人の立場でガス室に送られて殺されるのが悪くないという意味ですよ」というわかっている人にとっては当たり前のことだがわからない人にわからせようとしてもなかなか理解しないというものと大変よく似ている。
彼らは自由だと思っていた: 元ナチ党員十人の思想と行動 - M・マイヤー, 田中 浩, 金井 和子
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サラリーマン: ワイマル共和国の黄昏 (りぶらりあ選書) - ジークフリート・クラカウアー, 神崎 巌
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そういうレッテルを貼りつけられるのは自分ではないと理由のない自信を勝手に持っている人というのがいて、そういう人間に三笠書房は小此木啓吾著のクズ本を大量に売りつけてもうけていたのだった( 一一)  ウィキペディアー小此木啓吾https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B0%8F%E6%AD%A4%E6%9C%A8%E5%95%93%E5%90%BE 小此木啓吾は2003年9月にやっと死んでくれたが(ずいぶんと長生きしよったという印象だったが73歳だったらしい)、インターネット上の記事を検索すると小此木啓吾は慶應大学を定年退職した後、慶應よりも定年の年齢が高い私立大学に勤務したものの評判悪かったらしい。どう評判悪かったかというと、1つは「慶應大よりも学力レベルが低い大学の学生をいじめる」というものがあり、もう1つは「何かと慶應に帰りたがる」というものだったらしい。「何かと慶應に帰りたがる」とはいかにも慶應内部進学らしい。慶應の内部進学の人でも大学を卒業後、「普通の会社」に勤めてきたような人ならば「慶應的精神空間」でない所でも生きることができるが、小此木啓吾のような小学校:慶應・中学校:慶應・高校:慶應・大学:慶應・勤務先:慶應・・と生きてきた人というのは「慶應的精神空間」から外に出ると急激に体力を消耗し、3分以内に「慶應的精神空間」に戻らないと生きていけなくなる、カラータイマーが青から黄色に変わり黄色の点滅が赤に変わると、もはや、小此木啓吾は生きていけなくなるのだった( 一一) 〖YouTube-Ultraman vs Zetton [1966]https://www.youtube.com/watch?v=S0Wa9hYx0Oo 〗・・・というウルトラマンみたいのが小此木啓吾だったのだ( 一一)  そういう慶應内部進学シンドロームの典型的重症患者が小此木啓吾だったのだ。ロボトミーとか電気ショックとかやって「治療」してやるべきだったのではないか。もしくは「作業療法」としてシベリア送りにして強制労働につかせるとか、ベーリング海のカニ漁船にでも乗せるとか「作業療法」で「治療」してやるとかしてあげた方が「本人のため」であり「感謝せんといかん」てものだったのではないか。 小此木啓吾はずいぶんと長生きしやがったという印象だったが2003年に小此木啓吾が野垂れ死にした時、73歳で日本人の平均寿命から考えるとまだ若い方だったようだが、これ以上長生きされたら国民が迷惑やった( 一一)
「小此木啓吾、さようなら」二度と生き返ってくんな! 〕
現代精神医学解体の論理 - 森山公夫
現代精神医学解体の論理 - 森山公夫
( ↑ 森山公夫『現代精神医学解体の論理』岩崎学術出版社)
精神医学の神話 - 河合洋, トマス・スティーヴン・スザッツ
精神医学の神話 - 河合洋, トマス・スティーヴン・スザッツ
( ↑ トマス=サズ(スザッツ)『「精神医学」という神話』岩崎学術出版社)
  おかしいじゃないか!・・と何度も思ったが、そう口に出して言うと「これは病気を自覚できてないということです」とか「診断」されることになる。「病識がない」と「診断」されることも考えられる。「ロボトミーやったらんといかん、ロボトミー♪ 電気ショックやったるべきや、電気ショック♪」とか言ってされる危険があるから逆らえない。そして、私ひとりだけが、只管(ひたすら)アルバイト漬けされた。「桃山学院しか出てないくせして思いあがってつけあがって””大学””に行った井上」なんぞは、アルバイトなんてものはまったく何一つやっていなかったが、それでも「モラトリアム人間病」と「診断」されることはなくロボトミーとか電気ショックとかされることもなかった。「ええなあ、うらやましいなあ。ほんまにええなあ」と思ったものだった。大学に行けばやりたい勉強とできる・・と思って小学校の1年から努力してきたが、我が家の場合はそれは騙されてない夢を追わされていたのだった。作家で「精神科医」の なだ いなだ が『お医者さん』(中公新書)に「アル中」「アルコール中毒」という「病気」の難しさについて述べていたが、月に酒代に5万円使う男がいて、そんなに酒代に使われたのでは生活できなくなるのにそんなに酒代に使うというのは、この男はアル中だ、と診断される。しかし、この男は納得しない。なぜなら、この男が飲みに行く酒場に月に10万円、酒代に使う男がいるのに、その男はアル中だとは言われていない。なぜなら、月に10万円、酒代に使う男は月に5万円、酒代に使う男の倍以上の年収があるから月に10万円、酒代に使っても生活に困ることはなく、せいぜい「お父ちゃん、体に注意してね」とか心配してもらえる程度のものだ。月に5万円、酒代に使って「アル中」と言われている男は、月に10万円、酒代に使う男はそれだけのカネを酒代に使っても「アル中」とは言われないのに、なんで、その半分しか酒代に使わない俺が「アル中」と言われなければならないんだ・・と納得いかない。・・・それが「アル中」というもので、「アル中」という「病気」の難しいところだというのだ。「モラトリアム人間病」というのも、これと似ている。私は努力して大学に行けばやりたい勉強をさせてもらえると思い込んで小学校の1年から真面目に努力してきたのに、言っちゃなんだが””「桃山学院のやつ」が行くような大学”” に行かされてしまった。それだけではなく、その「桃山学院のやつ」はアルバイトなんて何ひとつしないで「悠々自適の生活」を送らせてもらっていて、それでいて「モラトリアム人間病」と「診断」されることはない。それに対して私は北野高校を卒業して、本来なら東大なりに行けたところのものを「桃山学院のやつの行く大学」みたいなものに行かされてしまい、それだけではなく「桃山学院のやつ」が悠々自適の生活を送ってるまさにその時に、「あるばいとお、アルバイト於、あるばいとお、アルバイト於! アルバイトを嫌がる人間はモラトリアム人間病という病気です。慶應大学の小此木啓吾先生というエライえらいエライえら~いという先生がそうおっしゃってる。大学は勉強する所とは違うねんぞお、心得違いを起こすでないぞチャンコロろすけイタコ! 大学みたいなもん、勉強することなんか、な~んもあらへん。大学は勉強する所とは違うんじゃ、チャンコロろすけイタコ! 心得違いを起こしてはならぬぞ浪商! 大学はアルバイトする所やねんぞこの浪商チャンコロ! うちの会社にアルバイトに来とる大学生も、み~んないつでもアルバイトやっとる。ぴ~ん大のやつとか、き~ん大のやつとか、大阪けえ~え大のやつとか、アホ大学のやつがみ~んないつでもアルバイトやっとる。おまえも、ぴ~ん大のやつとか、き~ん大のやつとか、大阪けえ~え大のやつとかと同じようにせえ。甘ったれるなあ~あ! チャンコロ~お!」と毎日毎日ぼくらは鉄板の上で焼かれて嫌になっちゃうくらいに言われ続けて、無理矢理強制労働につかされてきたが、それでも「モラトリアム人間病」と「診断」されることを免れることはできない。「どどんこ、どどんこ、ドドンコ、どどんこ、ちゃっちゃかか♪」とか号令かけられて強制労働につかされるのだった。「桃山学院のやつ」はアルバイトなんか何ひとつやらないで悠々自適の生活をさせてもらっても「モラトリアム人間病」と「診断」されることはなく私はアルバイト漬けにされてもそれでも「モラトリアム人間病」と「診断」されるのだった。それが「心理学」「精神医学」「精神分析学」「カウンセリング」というものだ。私は高校生の時に心理学というのは人間にとって価値があるものではないかと思ったのだったが、私が価値があると思った心理学、高校生の頃の私が心理学だと思ったものは実際の「心理学」とは正反対のものだった。
お医者さん: 医者と医療のあいだ (中公新書 208) - なだ いなだ
お医者さん: 医者と医療のあいだ (中公新書 208) - なだ いなだ
パパのおくりもの (文春文庫 113-1) - なだ いなだ
パパのおくりもの (文春文庫 113-1) - なだ いなだ
〔 ↑ なだ いなだ『パパのおくりもの』(文春文庫)にて、「作家で精神科医」の なだ いなだ は「精神分析教の信者はあまり身勝手な解釈はやめた方がいいと思う」と述べているが、私もそう思う。〕
  私が浪人中、うちの父親の親友の医者屋の女川(めがわ)〔男。1980年頃当時、50代前半。当時、大阪府豊中市在住。自称「金沢大医学部卒」だが嘘くさい。「患者」を薬漬けにして得たカネでドバカ息子を私立金権関西医大https://www.kmu.ac.jp/ に裏口入学させたというのを自慢にしていたので、当人も私立金権関西医大裏口入学卒とかそんなところではないか。そもそも、「わしは苦労人(くろうにん)や。わしは子供の頃、女川家に養子に売られたんや」などと言っていたが、女川が産まれた戦前は家督相続の制度の時代であり、次男・三男は資産がある家の養子に行った方が得みたいなところがあり、福沢諭吉でも最初叔父の家だったかの養子に行っていたが兄が比較的早くに他界したことで福沢家に戻ったらしく、「養子に行った」というのは戦前においては必ずしも「苦労した」というものとは違うはずなのだ。そして、医者の家だったという「女川家(めがわけ)」に「売られた」はずなのに、もしもその女川家が大阪の家ならば金沢大医学部なんぞに行かずに関西の大学の医学部、京大医学部・阪大医学部・神戸大医学部・大阪市大(現 大阪公立大学)医学部・京都府立医大などに行くべきであったはずだし、「女川家」が金沢の家だったことから金沢大医学部に行ったのなら金沢の病院に勤めた上で養家を継いで金沢で開業医をやるなりするべきだったはずなのに、なんで大阪府で病院に勤めているのだ? 「女川家に売られた」と言うわりにその「女川家」のために尽くしてないではないか。なんか勝手なこと言ってないか? なんか話がおかしいではないか・・という男だった。私立金権関西医大裏口入学卒でなかったとしても、「かわいいキンタマ」(川崎医大+愛知医大+金沢医大+埼玉医大=かわいいキンタマ)くらいかもしれない。 10代の頃の私は、学歴詐称する人というのはいるらしいと思っていたがそんなにいっぱい近くにいるとは思わなかった・・・が、実は学歴詐称する人・資格を詐称する人なんて「そのへんにゴマンといる」ということを会社という所に勤めて実感した。ほんと、「ようやる」という感じで詐称しまくるやつというのがゴマンといるのだ。1980年代前半に会った東大病院(東京都文京区本郷の東京大学本郷キャンパスの東大医学部付属病院)に勤務していたF山(男。当時、30歳)は「このぼくは東京大学理科三類に現役でゆうゆうと通ったんだぞお。わかってんのかあ。まさか、この僕が東大の理科三類にぎりぎり通ったとでも思ってるんじゃないだろうなあ。この僕は東大の理科三類に現役でゆうゆうと優秀な成績で通った人間であって、それに対してきみは浪人しても東大の文科三類にまで落ちて慶應みたいなものに行った最低の落ちこぼれだろうが。浪人しても東大の文科三類すらも合格できない最低のクズのきみとこの東京大学理科三類現役合格のぼくとは人格も違えば能力も違うんだ。まさか、一緒の人間だとか思ってるんじゃないだろうなあ。わかってんのかあ」と何度も何度も言われたものだった・・・が、最初は本人が「東京大学理科三類現役合格」と自称していて東大病院に「医者」として勤めているからにはそうなのだろうと思っていたが、なんか変だな・・と彼の態度を見て思いだしたのだったが、そういうものは何かの拍子にわかったりするもので、実は F山は「T京大学医学部卒」ではあったが「東京大学医学部医学科(←東京大学理科三類)卒」ではなくて「帝京大学医学部裏口入学卒」だった・・考えてみると「いかにも、私立金権医学部裏口入学が言いそうなこと」「いかにも、私立金権医学部裏口入学がとりそうな態度」だった( 一一) さらにF山は「ぼくは貧乏だったから」などと言っていたことがあったのだが「帝京大学医学部裏口入学卒」が「貧乏だった」わけないだろうが( 一一)  よく言うよなあ( 一一)・・と思うが、世の中には学歴詐称する人とか資格を詐称する人とかはいっぱいいるのだった( 一一)  〕の同僚の医者屋の勝田(女。1980年頃当時、40代後半くらい?)から「学校が義務教育なのは小学校と中学校だけであって高校は義務教育ではないんやから、あんたは高校には行ってはならないはずや。そやのにからにあんたが北野高校に行ったというのは、それはあんたが思いあがっていて、あんたがつけあがっていて、あんたがのぼせあがっていて、あんたが根性ねじくれ曲がっていて、あんたの思考が硬いからであって、あんたの心がけがなってないからやということや。あんたは北野高校に行ったということで、すでにひとつ、罪を犯しているんや。ましてや、あんたは大学には行ってはならないはずや」と言われた。それならば、だ。勝田のドバカ息子が私立高校からアホ大学に2つも行ったというのは、それはいいのか?・・というと、「そやから、うちの息子なんか、大学を2つも行ってるということは、それだけ真面目に努力して勉強せんといかんし、勉強させてやらんといかんということやなあ」などと言うのだ。それに合わせて女川(めがわ)もまた「うちの息子なんか裏口入学なもんやから、それだけ勉強させてやらんといかんいうこっちゃ。それに対して、きみなんかは義務教育でないからには大学には行ってはいかんのや。どうじゃ、わかったかあ!!!」と言われたのだった。そういうことを言われると私が親なら「なんでやねん!」と言って言った人間に対して怒る。「なんで、あんたらのドバカ息子はアホ大学に裏口入学で行ったり、アホ大学に2つも行ったりするのが『それだけ、勉強させてやらんといかんいうこっちゃ』ということになって、うちの息子は大阪府で一番の公立高校に行ったのに、それをアホ大学に息子を行かせたあんたらなんかに『あんたは高校には行ってはいかんはずの人間や』だの『ましてや、あんたは大学という所には行ってはならないはずや』だの言われなきゃならんのだ」と言ってやるところだ・・が、ところがどっこい、うちの父親はそういうことをよその人間から言われて大喜び、「そうや♪ その通りや♪」と言って大喜び( 一一) 「義務教育は小学校と中学校であって、高校は義務教育ではないんやから、おまえなんか、高校には行ってはならないはずや! それやのにからに、お~ま~え~が~あ、北野高校に行ったというのは、それは、おめが思いあがっておるからであって、おまえがつけあがっておるからであって、おまえがのぼせあがっておるからであって、おまえが根性ねじくれ曲がっておるからであって、おまえが思考が硬いからであって、おまえに謙虚さが欠けているからであって、おまえに人間としての良さが何ひとつとしてないからなんじゃ! 思いあがるなあ~あ、ちゃんころ~お! 勝田先生のおっしゃる通りや。女川先生のおっしゃる通りや」と言って大喜びするのだった。「なんで、裏口入学した人なんかがエライのですかあ?」と言うと、「わからんかあ! おまえはそんなことすらもわからんのかチャンコロろすけイタコ!」とおっしゃるのだ。「裏口入学ってことは、思考が柔軟やっちゅうこっちゃ♪」とおっしゃるのだった。  ・・・その基準からすれば、桃山学院高校みたいなもんしか行けない井上なんか絶対に「義務教育ではないのに高校には行ってはならない」はずであったはずで、天地がひっくり返っても絶対に「大学」というものになんぞ、絶対に行ってはならないはずであった。ところが、摩訶不思議なことに当たり前みたいな顔して、「桃山学院高校しか行けない井上」が慶應大学しか行けないくせして「大学」てものにふんぞり返って言っていた。なんで、井上は桃山学院高校しか行けないくせして義務教育ではないのに高校に行かせてもらって、私はその地域で一番の高校で公立の高校である北野高校に行ったのに「おまえは義務教育ではないからには高校には行ってはならないはずであるのにからに、おまえが北野高校に行ったというのは、それは勝田先生がおっしゃるように、おまえがのぼせ上がっておるからであって、おまえがつけあがっておるからであって、なんたらかんたらくんたらこんたらであるからやねんぞお。思いあがるなあ~あチャンコロ~お! おまえは北野高校に行ったということで、そこで罪を犯しておるんやぞ、わかっとんのかチャンコロおお!!! ましてや、おまえは大学という所には行ってはならない人間やねんぞお。わかっとんのんかあチャンコロお!!!」とうちの父親はおっしゃるのだった。「クリスチャン」はそうおっしゃるのだ。「クリスチャン」は。なんで、桃山学院高校しか行かれへんようなやつが、くそ思いあがってからに、くそのぼせ上がってからに、くそつけあがってからに、くそ思考が硬いで、くそ根性ねじくれまがって、「大学」という所に行かせてもらってからに、それでいて「モラトリアム人間病」と「診断」されないのか? 私が「あるばいとお、アルバイト於、あるばいとお、アルバイト於」「下の仕事を多く長くやればやるほどええんや、ちゃんころ~お!」とうちの父親から言われてアルバイト漬けにされている時も、「桃山学院高校しか行けない井上」はアルバイトなんて何ひとつとしてせずに悠々自適な生活を送っていたが、それでも井上は「モラトリアム人間病」と「診断」されることなく「治療」されることもなかった。なんでやねん!!!・・と思ったが、それが「民族の違い」「階級の違い」というものらしかった。「民族の違いを忘れるな! 階級の違いを忘れるな! ちゃんころ~お!!!」と毎日毎日言われてきた。毎日毎日言われてきて、そして、思うようになった。
「民族の恨みを忘れるな!(不忘民族恨)」
「階級の苦しみを忘れるな!(不忘階級苦)」
と。
中国の旅 (朝日文庫) - 本多 勝一
中国の旅 (朝日文庫) - 本多 勝一
南京への道 (朝日文庫 ほ 1-22) - 本多 勝一
南京への道 (朝日文庫 ほ 1-22) - 本多 勝一
  「おまえは産まれてこなかったら良かった人間であるのにからに、天の神さまの意志に逆らって、天の神さまの意志にたてついて産まれてきた罪びとであ~る! 産まれてきたことを反省しろチャンコロろすけイタコ浪商! ええか、わかっとるか、わかっとるか、ええか。この世の人間はなあ、このわあしい~いのように、天の神さまからも万民からも産まれてくることを望まれて待ち望まれて産まれてきたメサイヤである人間もおれば、あんたあ~あのように、天の神さまが、おまえは産まれてくるなチャンコロ緒! とおっしゃっておるのにからに、天の神さまの意志に逆らって産まれてきた神にたてつく存在、神にあだなす人間もおるわけや。わしはメサイヤやねんぞお、わしはメサイヤ~あ♪ 一緒にすんなよ、チャンコロ、ちゃんころチャンコロちゃんころ♪ 一緒にすんなよ、浪商、なみしょう、浪商、なみしょう♪」と私の眼を指で突き刺すようにして「クリスチャン」は毎日毎日叫ぶのだった。
メサイヤだそうだった、メサイヤ・・・〔⇒YouTube-メサイヤ「ハレルヤ」https://www.youtube.com/watch?v=5NokjNCbCY4 〕
   「桃山学院高校しか行けないくせしやがってからに、思いあがってのぼせ上がってしとるもんやから、『義務教育でないからには高校は行ってはならない』のにからに、私立高校でアホ高校の桃山学院高校みたいなもんに行った井上」は慶應大学しか行けないくせしてからに「大学」に行って、そして、私とは違ってアルバイト漬けにされることなくアルバイトなんか何ひとつしないで悠々自適の生活を送っていたのだったが、まさにその時に私は「あるばいとお、アルバイト於、あるばいとお、アルバイト於。思いあがったらいかんぞチャンコロ。大学は勉強する所とは違うねんぞ。心得違いを起こしてはならんぞ浪商! 大学はアルバイトする所やねんぞロスケちゃんころ浪商!」と言われてアルバイトばっかりさせられまくったものだった・・が、そのアルバイトのひとつが東京都板橋区にあったW社がやっていた国鉄の線路とか府中競馬場とかの除草剤散布作業だった。「この除草剤は草に効くものであって、動物を対象とするものではないから人間がかかっても問題はありません」などと言っていたが、そのわりに、W社の正社員の人はまだ若い30歳くらいの人でも白髪だらけだった。そういう仕事を私はアルバイトでやったが、それでも「モラトリアム人間病にかかっとる」と言われるのだった。なんで、「桃山学院高校しか行けない井上」はモラトリアム人間病でなくて私は「モラトリアム人間病」だと言われなければならないのか? 神よ、なぜ、このような違いがあるのか・・・というと、「民族の違い」「階級の違い」というものだそうだった。「クリスチャン」が言うには「民族の違い・階級の違いというものが人間は産まれた時点において存在する」そぷだった。「この世の中というものはな、自分ではやらずにひとに命令したり号令かけたりする人間ばっかしでもあかんし、ひとから命令されて号令かけられて、せえっせせっせ、せえっせせっせと働く人間ばっかしでもあかんわけや。両方の人間が世の中には必要なんや。天の神さまというお方は大変賢明なお方であってやなあ、わしい~いのような自分ではやらずに人に命令し号令かけるのが向いている人間と、あんたあのように人から号令かけられることが何よりうれしい、何より仕合せという人間の両方をお造りになっておるんや。天の神さまは、すべての人間を産まれる時点において、この2つの人間にはっきりと分けてお造りになっておるんや。おまえは号令かけられることが何よりうれしい人間やねん。ソレ、喜べ喜べちゃんころチャンコロちゃんころチャンコロ♪ うれしいねえチャンコロ~お♪」と「クリスチャン」はおっしゃるのだった。「私、うれしくないですけど」と言うと、「何を言うとるんじゃ、何を。おまえはチャンコロであって、号令かけられることが何よりうれしい民族。おまえは号令かけられることが何よりも大好物。うれしいねえ~え、チャンコロ~お。わしはドイツ人であって、常にひとに号令かけなければならないと天の神さまから使命を受けて産まれてきた人間やねんでえ。わかっとんのんかあ。それに対しておまえはチャンコロであって常に服従しなければならない、号令をかけられなければならない民族と天の神さまがそうお決めになってんぞお。わかっとんのかチャンコロ! 神さまに逆らうな! わかっとんのか。神さまにたてつくようなことは絶対に許されないことやねんぞ、このチャンコロろすけイタコ浪商めがこのチャンコロ! 浪商の分際で北野高校に行くな浪商!!!」と、そう「クリスチャン」はおっしゃるのだった。南大阪教会の教会学校に小学校の3年から4年にかけて日曜ごとに通ったころは教会という所は嫌いではなかったが、いつしか、教会とキリスト教が嫌いになった。私を「常にひとに服従しなければならない民族」「常に号令かけられなければならない階級」に「産まれた時点」において「お決めになった」という天の神さまとその宗教が嫌いになり、教会とキリスト教が嫌いになった。

  うちの父親の「親友」で医者屋で「女川教(めがわきょう)」の教祖の女川(めがわ)〔男。1980年頃当時、50代前半。自称「金沢大医学部卒」だが嘘くさい。1980年頃当時、大阪府豊中市在住〕のドバカ息子は私立高校から私立金権関西医大に女川が「患者」を薬漬けにして得たカネで裏口入学したそうだったが、裏口入学しても私みたいにアルバイト漬けにされることはなく、逆に裏口入学したアホ大学生のくせして、やはり父親の女川が「患者」を薬漬け・検査漬け・毒盛りして得たカネでゴルフバッグを買い、薬漬け・検査漬け・毒盛りして得たカネでゴルフやって遊んでおった。 それに対して、私はうちの父親から「おまえ、アルバイトにキャディーやれ、キャディー」と言われたのだ。「なんで、私がキャディーみたいなもん、やらなきゃならんのですか」と言うと、「キャディーをやるのを嫌がる者はモラトリアム人間病という病気です。慶應大学の小此木啓吾先生がそうおっしゃってる。病気は治療せんといかん、病気は治療せんと。キャディーやるのを嫌がる人間は病気じゃ、病気」と言われたのだ。なんで、「裏口入学した女川先生の息子さん」はキャディーをアルバイトとしてすることなんかなく、逆に父親が「患者」を薬漬けにして得たカネで客としてキャディーを雇ってゴルフをやってからに、ガチンコの私はなんでキャディーみたいなもん、させられなければならないのか!?!  うちの父親は言うのだった。「裏口入学なさった思考が柔軟なお方がゴルフされる時のキャディーをやれ、おまえは。甘ったれるなあ、チャンコロ~お!」と。
  なんで、ガチンコ民族は八百長裏口医者屋民族がゴルフやって遊ぶ時のキャディーをさせられなければならないのか。なんで、八百長医者屋裏口民族はアルバイトなんぞせずに、特にキャディーのアルバイトなんぞせずに、自分がキャディーを雇ってゴルフやって遊んでもモラトリアム人間病ではなくて、ガチンコ民族の私はそういう人間がゴルフやって遊ぶ際のキャディーをさせられるのを嫌がると「モラトリアム人間病という病気にかかっているからキャディーをやるのを嫌がるのだ」と「診断」されるのか。それが「心理学」「精神医学」「精神分析学」「カウンセリング」というものらしかったが、「心理学」「精神医学」「精神分析学」「カウンセリング」というのはそういうものだった。
ゴルフというものは中学生の時からうちの父親の言動を見て嫌いになっていたが、ますます、ゴルフが嫌いになった。 「キャディーをやるのを嫌がる人間はモラトリアム人間病という病気です。甘ったれるなあ、チャンコロ~お!」と何度も何度も言われたものだが、医者屋のドバカ息子は私立金権関西医大に裏口入学して、そんなアホ大学の学生なのにキャディーをアルバイトでやることはなく、そして、ガチンコの私は「裏口入学のお方がゴルフをなさる際にキャディーをアルバイトでやることを嫌がる者はモラトリアム人間病という病気にかかっているということです」と「診断」されることになる。それが「心理学」で「精神医学」で「精神分析学」で「カウンセリング」というものだった。
  何度も何度もそう言われてきた時、私の耳元ではバックミュージックとして鳴っていたのは、↓ のようなものだった。
YouTube-【ロシア語】仕事の歌 (Дубинушка ドゥビヌーシカ 棍棒) (日本語字幕)https://www.youtube.com/watch?v=rk0C1GputJ8
YouTube-【和訳付き】聖なる戦い (ソ連音楽) "Священная война " - カタカナ読み付きhttps://www.youtube.com/watch?v=-QFveH_V6Q0
「心理学」「精神医学」「精神分析学」「カウンセリング」はガチンコ民族の敵である!!!

  八百長裏口医者屋民族の裏口入学大学生は、なにゆえにガチンコ民族の大学生にキャディーやらせておのれのゴルフバッグをかつがせてゴルフやって遊ぶ権利があるのだろうか?  「当然です。医者の階級のお方です。おまえはチャンコロの民族で浪商の階級の人間で女川先生や女川先生の息子さんはドイツ人の民族で医者の階級のお方です。階級が違います」と「慶應の階級でドイツ人の民族の人間」らしいうちの父親はおっしゃるのだった。それが「民族の違い」「階級の違い」というものらしかった。「神さまがお決めになったこと」だそうだった。

  「ウルトラマンの住んでる所は?」「ショワチョウ(昭和町)」の大阪メトロ御堂筋線「昭和町(しょうわちょう)」駅の近く、西側に日本キリスト教団南大阪教会がある。「昭和町」駅があって大阪メトロ御堂筋線が地下を走っている「あびこ筋」の2つほど西側の南北の通りの西側、南東の角地にある。
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↑ 日本キリスト教団 南大阪教会 全景。 南東側から見たもの・・だが、この写真では背後のマンションがでっかく写りすぎて、村野藤吾 設計で村野藤吾の初期の設計の代表作と言われる教会堂の尖塔も、その背後の、やはり村野藤吾設計だけれども尖塔と一緒に建てられた初期のものではなく、その後に建て替えられた教会堂も小さくしか見えません。次回にもう少し大きく写った写真を掲載することにします。(南大阪教会の建物全景を見るには背後のマンションは実際問題として、じゃま。)
  村野藤吾の設計の建物で私が見たことがあるものとしては、南大阪教会の教会堂と尖塔のほかでは、大阪市中央区の心斎橋にあった「そごう」の建物がありますが、心斎橋にはウィリアム=メレル=ヴォーリズ設計の大丸村野藤吾設計の「そごう」とが向かい合って建っていたが、心斎橋の「そごう」の建物は高層ビルに建て替えて村野藤吾設計の「そごう」の建物はなくなり、高層ビルの方も「そごう」は手放して大丸が買い取って大丸の新館になった。かつては心斎橋は大丸と「そごう」の関西系の呉服店系の百貨店が2つあり、心斎橋筋を南に1駅分歩いた先の難波(なんば)にやはり呉服店系の百貨店の高島屋があって、心斎橋から難波(なんば)にかけては「百貨店の街」だったが、心斎橋は大丸のみになってしまった。
村野藤吾建築案内 - 村野藤吾研究会, 村野藤吾研究会
村野藤吾建築案内 - 村野藤吾研究会, 村野藤吾研究会

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↑ 大阪メトロ(旧 大阪市地下鉄)御堂筋線(旧 1号線)「昭和町(しょうわちょう)」駅の出入口。右向こうに見える建物は ライフ 昭和町駅前店 http://www.lifecorp.jp/store/kinki/det_kinki.html?region=kinki&base_recordno=1943
  大阪市阿倍野区 の 大阪メトロ御堂筋線 が地下を南北に走っている道(あびこ筋)の東側が昭和町(しょうわちょう)1~2丁目で、西側が阪南町(はんなんちょう)1~3丁目で、日本キリスト教団南大阪教会は阪南町の側にある。昭和町1~2丁目の北側が文の里(ふみのさと)1~4丁目で、昭和町と文の里 の境目の北西から南東にかけての道の上を阪神高速松原線が今は走っている。この北西から南西への道をかつては南海平野線という路面電車が走っていたが、今は南海平野線は廃線になり、かわりに地下を大阪メトロ谷町線が走っていて、昭和町と文の里の境目のあたりに「文の里(ふみのさと)」駅がある。
  昭和町の東側に桃ヶ池という池があり、桃ヶ池のあたりは桃ヶ池町1丁目になるようだ。桃ヶ池の南東にJR阪和線「南田辺」駅がある。

  「昭和町」駅は「あびこ筋」という南北の通りの地下にあり、あびこ筋の西側に2か所と東側に2か所の出入口がある。南側の2か所を地上に出てすぐ南側の交差点を東西に走る広い道があり、これが松虫通りで、東に進むと桃ヶ池の北端に至り、阪神高速松原線の高架をくぐり、JR阪和線の高架をくぐることになる。西に行くと、最近、インターネット上にも出ていた《 2018年10月に、同寺が所有する大阪市西成区内の土地を売却したかのように装い虚偽の登記の申請を行ったとして、同寺の56歳の僧侶と、会社役員の55歳男性の2人が、2023年10月5日に大阪府警察に電磁的公正証書原本不実記録容疑で逮捕された。》〔ウィキペディアー正圓寺https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%AD%A3%E5%9C%93%E5%AF%BA_(%E5%A4%A7%E9%98%AA%E5%B8%82) 〕という「おおさか十三仏霊場第2番」で大聖歓喜天が本尊の聖天山の正圓寺があり、さらに西に行くと南北の国道26号と交差する「岸の里」交差点でその下に大阪メトロ四つ橋線「岸の里」駅があるようだ。

  「昭和町」駅の西側の南側の地上への出入口が ↑ の写真のもの。
  この出入口を出てすぐ北側の西に入る道を西に進むと南側に由緒ありげな木造の建物があるが、それが国登録有形文化財に指定されたらしい 寺西家 阿倍野長屋。↓
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↑ 「こんなの、あったかな」という気持ちと、「こういう家は前からもっといっぱいあったのじゃないか」という気持ちと両方感じた。

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《 寺西家阿倍野長屋(てらにしけあべのながや)
昭和7年(1932) 木造2階建 4軒長屋 瓦葺
 戦前は、庶民の都市住宅として長屋が大阪の街を埋め尽くしており、いたるところで見られた景色であった。 長屋としては、全国初の登録有形文化財として平成15年(2003年)に登録された。 この敷地は、都市計画法による土地区画整理事業で、最初の区域内にあり、電気・上下水道の他、当初から都市ガスが整備されており、ガス風呂が設置されていた。 又、門から玄関までの前庭と灯籠や手水鉢のある裏庭があった。現在、4軒とも飲食店に変身し、懐かしさの中での食事が人気で阿倍野区の名所として賑わいを見せている。
  文化庁 公益社団法人大阪府建築士会 大阪府登録文化財所有者の会  》
と書かれている。
  説明書きの板があるのはいいが、説明書きの板が対象の景観を損ねているようなケースもあるのだが、ここでは「公益財団法人大阪府建築士会」が出しているだけあって、透明のアクリル板(?)に記載したものが貼られていて、透明の板を通して向こう側も見える。
  東大の本郷キャンパスは夏目漱石『三四郎』にも「野々宮さん」が三四郎に「静かでしょう」と語り「学問をする所はこうじゃないと」と語る場面があったように、私が高校3年くらいの頃(1970年代後半)は実際に行ってみると『三四郎』の中で「野々宮さん」が言うように確かに東京の街中にありながら静かないい環境で、たしかに「学問をする所」という雰囲気だった。慶應大学の場合はどうかというと、慶應は私立の学校なので、どうしても国立の東大などに比べると人口密度が高く、平日の昼間はどうしても、ざわざわした感じで『三四郎』の中で「野々村さん」が東大の本郷キャンパスについて「静かでしょう」と語るようなそんな感じではなかった。しかし、それから40年ほど経ち、東大は別に学生の定員は増えていないはずで人口密度は変わっていないと思われるのですが、本郷キャンパスに行ってみると建物が増えて、又、高層ビルが建ってしまい、建物密度がずいぶんと高くなってしまい、『三四郎』の中で「野々宮さん」が「静かでしょう」「学問をする所はこうでなくっちゃ」と三四郎に語ったような雰囲気はかなり損なわれてしまっているように思います。槇文彦設計の「東大 法科大学院棟」というものが正門入ってすぐ右横にありますが、この東大法科大学院棟について私が高く評価するのは、槇文彦は私が感じたことと同様のことに気づく感性を持ち合わせていた人だったようで、東大の本郷キャンパスにまだ空いている土地はあったとしても、気分的に・雰囲気として建物が過剰な感じになってきているということを理解したようで、それまで空き地もしくは樹木が植わっていた本郷通りの側の塀の脇に建てるに際して、スケルトン方式とでも言うのか、外壁は透明で周囲に圧迫感を極力与えないように配慮されたものでした。槇文彦は慶應大学の日吉キャンパスの日吉新図書館・三田キャンパスの三田新図書館も設計していますが、日吉新図書館はグレー系の色合いの外壁、三田新図書館はエンジ色・茶色系統の色合いの外壁で作られていますが、日吉キャンパスは既存・先住建物の多くが白系・グレー系の外壁でできていることから先住建物と調和するように配慮した外壁の色合いが選択されており、三田新図書館もまた既存・先住建物の多くがエンジ系・茶系の色合いのものであることから先住建物との調和がはかられるように三田新図書館もエンジ系・茶系の色合いの外壁でできています。そのあたりが「世界の丹下健三」の設計による建物はどれもこれもが「自己顕示欲の塊建築」「すべて周囲が自分に合わせろ建築」であることとは違いがあります。この寺西家阿倍野長屋の説明板も、スケルトンにすることで説明書きの板が景観を損ねないように配慮されている、という点について評価したいと思います。
三四郎 (角川文庫) - 夏目 漱石
三四郎 (角川文庫) - 夏目 漱石
  「長屋」というと、大阪市では住吉区の「安藤忠雄設計の『住吉の長屋』」というものを建築のお勉強をした人は思い浮かべるのではないかと思うのですが、「長屋」と言っても「安藤忠雄設計の『住吉の長屋』」の場合は「間口が狭くて奥行きが長い敷地に建てた戸建住宅」であるのに対して、この阿倍野区の「寺西家阿倍野長屋」はそうではなくて敷地は北西の角地(かどち)で西側が道路に長く面しており、現在は4軒とも飲食店として使用されていますが、もともとは4軒の集合住宅だったものと思われます。「長屋」というと本来は「安藤忠雄設計の『住吉の長屋』」の方の意味ではなく、こちらの「寺西家阿倍野長屋」の方の意味で使うことが多いと思われます。
※ ウィキペディアー寺西家阿倍野長屋https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AF%BA%E8%A5%BF%E5%AE%B6%E9%98%BF%E5%80%8D%E9%87%8E%E9%95%B7%E5%B1%8B
大阪観光局 寺西家阿倍野長屋 https://osaka-info.jp/spot/teranishi-ke-abeno-nagaya/
大阪文化財ナビ 寺西家阿倍野長屋 https://osaka-bunkazainavi.org/bunkazai/%E5%AF%BA%E8%A5%BF%E5%AE%B6%E9%98%BF%E5%80%8D%E9%87%8E%E9%95%B7%E5%B1%8B

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《 寺西家阿倍野長屋(平成15年 〔2003年〕登録文化財)
・・
  寺西家住宅主屋・蔵(平成17年〔2005年〕登録文化財)
・・・
  平成29年(2017年)8月
  建物所有者  寺西 興一 》
と書かれているが、こちらの説明版も、自然木の板を使ったもので、板壁の家との調和を考えられたもののようです。
  最初、2003年に寺西家阿倍野長屋として国の登録有形文化財の指定を受けた後、2017年に主屋と蔵もまた登録有形文化財の指定を受けたらしい。
  私は1960年代、ここからそう遠くない場所に住んでいて、この近くに来ることは何度かあったのですが、思い出してみると、我が家はモルタル壁でしたが我が家の東隣りの家も西向いの家も板壁の家でした・・が、モルタル壁の家の方が防火性能がいいということで、戦後、モルタル壁が推奨され、さらに窯業系サイディング壁 が普及してきましたが、かつては板壁の家は特別珍しいものではなかったように思いますが、最近は、本当に少なくなりました。
  このままではないとしても、似た感じの家はけっこうこの付近にはあったのではないかと思うのですが、今では珍しい方、風情を感じるものになりました。

  戦後、街の防火という視点からモルタル壁の家が推奨され、その後、モルタル壁とともに窯業系サイディング壁の家が普及しました。 たしかに、防火という視点ではモルタル壁もしくは窯業系サイディング壁の家の方が板壁の外壁の家よりも防火性能は優れていると思われます。1970年代後半、私が高校生くらいの頃、『がきデカ』という漫画で「こまわりくん」が「燃やしてやる」と言ってマッチをすって「父ちゃんがローンで建てた家」に火をつけようとして「かあちゃん」に殴られるという場面があったが、今の家というのは実際に火事が起こることはあるけれども、逆に「燃やしてやる」とかたとえ考えたとしても外回りは燃えないもので造られていることが多く、もしも「燃やしてやる」と考えた場合には「なかなか燃えない」・・というところがあり、たしかに防火性能は板壁の外壁の家より優れていると思えます。
  しかし、かつては板壁の外壁の家がいっぱいあったような所を何十年か経って後に歩いてみますと、家の間隔は前と同じであっても、道幅は前と同じであって、敷地内の植樹の状況も前と同じであると、夏場にモルタル壁や窯業系サイディング壁の外壁の家が大部分という所というのは、板壁の外壁の家が多かった所と比べて、暑い! ・・し道を歩く際の居心地はいいとは言えない。だから、板壁の家を復活すべきとまでは言えないが、モルタル壁や窯業系サイディング壁の家だらけになった場合を考えると、植樹とか家の間隔とか、あるいは、かつては土の道がけっこう多かったのが今ではほとんど舗装された道になっているが、「板壁の家が多くて土の道が多い街」と「モルタル壁か窯業系サイディング壁の家が大部分で、アスファルト舗装かコンクリート舗装の道ばかりの街」とでは、前者に比べて後者は植樹や家の間隔に配慮した街づくりが必要で、決して防火性能が優れているから家の間隔は狭くていいというものでもなく、公園などはかつて自動車はそれほど通らず、土の道が多かった時代においては土の道自体が公園のような役割もしていたのに対して、現在の自動車の通行が多くて舗装された道ばかりの街の場合には計画的に公演など配置する必要があると思われます。

  今回は寺西家阿倍野長屋を見学することを目的として行ったのではなく、たまたま通りかかって発見したもので、「寺西家阿倍野長屋」の部分のみを写真も撮り、見てきましたが、主屋・蔵も国登録有形文化財の指定を受けているようです。次回、近くに行くことがあれば見てきたいと思います。又、「寺西家阿倍野長屋」は4軒とも現在は飲食店として使われているようですから、そこで食事をすれば内部も見学できるでしょうから、一度、どれかのお店に入ってみたいものです。

  桃山学院高校は大阪府の私立高校の中で私が一番嫌いな高校です。それには理由があります。それについては後の稿にてきっちりと述べたいと思います。

  「桃山学院高校みたいなもんしか行けない井上」とか八百長裏口医者屋民族である「女川先生」のドバカ息子とかはアルバイトなんかしないでも「アルバイトを嫌がるモラトリアム人間病」と「診断」されることはなく、ガチンコ民族の私はどんなにアルバイト漬けにされても「モラトリアム人間病にかかってるからアルバイトをするのを嫌がるのです」・「裏口入学なさったお方がゴルフをされる時にキャディーのアルバイトをしてそのゴルフバッグをかつぐのを嫌がる者はモラトリアム人間病です」と「診断」されるのです。正直なところ、桃山学院高校のやつ、それに私立関西医大のやつ、全員、殺してやりたいくらいである。地獄へ落ちろ、桃山学院! 地獄へ落ちろ、関西医大!!!
YouTube-【和訳付き】聖なる戦い (ソ連音楽) "Священная война " - カタカナ読み付きhttps://www.youtube.com/watch?v=-QFveH_V6Q0
  そういえば、1980年代後半、小堀住研(株)に入社した際、新卒社員研修を大阪駅の南側の本社で受けた際、東京から大阪まで行くのに、私は東京駅を夜11時40分頃だったかに出る大垣行夜行普通に乗って行き、大垣で西明石行に乗り換えて行ったが、普段は東京から大垣までは座って行けたが3月の下旬、東京から関西にそれに乗って行く人が多かったようで、東京から大垣まで一晩、荷物を持った上でつり革すらもない電車で通勤ラッシュ並に込んだ電車で立ちっぱなしで行った。それに対して「千葉工大のやつ」は当たり前みたいに新幹線に乗って座って行った。小堀住研(株)は「千葉工大のやつ」には新幹線代を支給して、私には普通運賃しか払ってくれなかった。会社は従業員には公平であるべきだが、小堀住研(株)は「千葉工大のやつ」には、千葉工大みたいなもんしか行けないくせして、くそ思いあがってからにカネのかかる工学部に行ったやつに新幹線代を払い、東大の理科一類・理科二類に合格できたか、京大の工学部建築学科に合格できたかというとそれはわからないとしても、国立大学でどこかというくらいなら間違いなく工学部建築学科で合格できる所はあった私には普通運賃しか支給してくれなかった。 かつて「赤旗の歌」というものがあった。「民衆の旗、赤旗は~♪」という歌詞でドイツ民謡の「もみの木の歌」の歌詞に合わせて歌われたが、その「赤旗の歌」の替え歌というものがあって「民衆の足、国鉄は~♪」というものがあり「金持ちは~、飛行機に~乗るぞ、我らは~国鉄に~♪」というものだったが、まさに「千葉工大は~、新幹線に~乗るぞ、我らは大垣行夜行普通に~い♪」というものだった。大内兵衛は『マルクス・エンゲルス小伝』(岩波新書)で、ケネディだったと思うがアメリカ合衆国の大統領が「アメリカ合衆国の出版社がマルクスに対して原稿料をけちらなかったら、マルクスはあんな過激な革命理論を思いつかなかったのに」と言ったとかいうことだが、マルクスはそんなみみっちい人ではない、原稿料が安かったから『資本論』を考えついたのではない・・といったことを述べていたが、マルクスさんは人間できてるから原稿料が高くても安くても関係ないかもしれないが、私なんかはあんまり人間できてないから関係ないことはない。「千葉工大のやつ」は新幹線に乗せてもらって座って東京から大阪まで行ったのに私は大垣行夜行普通に乗ってつり革すらもない電車で通勤ラッシュ並の混雑で荷物を持って一晩乗った、そういう差別を受けたということは決して忘れはしない。〔YouTube- 「赤旗の歌」https://www.youtube.com/watch?v=jMf-qLljzNg 〕。まさに「民族の恨みを忘れるな!」「階級の苦しみを忘れるな!」てものだった。
  「桃山学院しか行けないやつ」がふてぶてしくも私立の慶應大に「何が悪いねん」て感じで行ってたらふく食うておった。私立関西医大に裏口入学したやつが、父親の医者屋が「患者」を薬漬けにしたカネでゴルフバッグを買ってゴルフやって遊んどる時にそのゴルフバッグを私は「裏口入学のお方のキャディーやってかつげ、チャンコロ!」と言われたのだった。決して忘れはしない。私が通勤ラッシュ並に混んでいるつり革すらもない電車に一晩立ったままで東京から大垣まで行ったまさにその時に「千葉工大のやつ」は新幹線に悠々と座って行きよったのだ。こういうことは決して・絶対に忘れはしない。〔YouTube- 「赤旗の歌」https://www.youtube.com/watch?v=jMf-qLljzNg 〕〔YouTube-【和訳付き】聖なる戦い (ソ連音楽) "Священная война " - カタカナ読み付きhttps://www.youtube.com/watch?v=-QFveH_V6Q0 〕

  夏休みに箱根の三井系の保養所で泊りがけの「雑務」のアルバイトをした時、後期の最初、少人数の授業で助教授から夏休みは何をしていたかと尋ねられ、「保養所の雑務のアルバイトを泊りがけでしていました」と答えたところ、「きみ、そんなもの、保養所の下男みたいなもの、やっていたら勉強できんだろ」と言われたが、まさにその通りだった。アルバイトに行った先、行った先で「なんで、慶應大学の学生がこんな所にアルバイトに来るのお」「なんで、北野高校の卒業生がこんなアルバイトなんかするのお」と言われ続けたが、それが「民族の違い」「階級の違い」というものだった。まさに「民族の違い」「階級の違い」を実感した。
   箱根の保養所では朝食と夕食付で、食事を用意した所に客が食堂に来て食事をするが、ビールをすでに注文していた人が追加を求めた際に追加の分を持って行ったことがあったが、そうすると「見るからにアホ大学卒」て感じの「見るからに下っ端」て感じのおっさんから「おい、にーちゃん。にーちゃん、どこの大学や?」ときかれたが、あほな客に愛想するのは「雑務」の仕事の範囲に入ってないから黙っていたが、そうすると「にーちゃん。どこの大学なんや。どこの大学なんやときいてるやろ」としつこかった。そこのアルバイトに来ていたのは私以外は玉川学園大の学生・神奈川大の学生・成蹊大の学生の3人でそのくらいの大学の学生がやるアルバイトであって「慶應の学生がこんなアルバイトなんかやるとは誰も思わないじゃん」と言われたものだったが、我が家ではそれが「常識」だった。「なんで、私だけがそんなもの、させられなければならないのか」と思ったが口に出して言うと「モラトリアム人間病にかかってるからアルバイトを嫌がるのだ」と「診断」され「治療」される危険があった。厨房に戻ってくると、玉川大の学生が「もっと、愛想ふりまかなきゃだめじゃん」とバカにしたように言うのだった・・・が、見るからに三流大学しか出てないておっさんから「おい、にーちゃん、どこの大学なんや」などときかれて「慶應大学です」と言うわけにもいかなかった。後から気づいたのだが、そこに来ていた神奈川大の学生が大学の名前をきかれた時には「東横線沿いのK大学です」と答えるんだと話していたのを聞いていたので、それを言えば良かった、失敗したと気づいた。「おい、にーちゃん、どこの大学や?」と安いカネしか払ってない保養所の客が、見るからに三流以下の大学しか出てないという酔っ払いのおっさんが、えらそうにききよった時には、『あしたのジョー』で矢吹丈が「うるせえ。俺は酔っ払いが嫌いなんだ」と言ったみたいに言うわけにもいかないから、「東横線沿いのK大学です」と答えればよかったのだ。〔東急東横線沿いには「日吉」が最寄駅の慶應大と「白楽」だったか「東白楽」だったかが最寄駅の神奈川大の2つのK大学があった〕そうすれば、おっさんは「神奈川大か?」と言いよるから、「はあ、そんなとこです」とでも言えば、「そうか。勉強せんからそんな大学に行ったんやな」とか言って喜ぶだろうから、「そうなんです。ご主人さんはどこの大学でてられるんですか?」と言えば、おそらく「俺か。俺は法政や」とか言って得意がるだろう。あのおっさんなら、そんなところだろう。それに対して「法政ですかあ。すごいですねえ、すごい、すごい♪ さすがですねえ、さすがですよ、さすが、さすが、さすがあ♪ すごいすごい、さすがさすが♪ 私なんかそんな大学、たとえ行きたいと思っても絶対に行かせてもらえませんでしたよ。さすがですね、さすが、さ、す、がっ♪ すごいですよ、すごいすごい♪」と言ってやればよかった。嘘ではない、私は法政なんて行きたいと思ったことは一度もないが、たとえ、法政みたいなもんに行きたいと思っても「ふざけるな」と言われるだけで最初から受けさせてもらえなかったであろう。だから、「たとえ、行きたいと思っても絶対に行けませんでしたよ」と言ったとしてそれは嘘ではない。本当のことだ。そう言ってやればあほな酔っ払いのおっさんは喜びよったであろう。「法政なんて、すごいですね~え、さすがですねえ、さすがさすが、すごいすごい♪」と言ってやれば大喜びしよったであろう。そう言ってやればよかった。失敗した。
〔 もしも、東大に行っていたならば、その時には「東京六大学の下の方です」と答えればよい。そうすれば、あほな酔っ払いのおっさんは「法政か」と言いよるから「そんなもんです」と答えればおっさんは喜びよる。「東京六大学」というのは野球とかについて言うもので、「東京六大学の下の方」というとおっさんは勝手に法政のことだと思い込むが「東京六大学野球で下の方」は東大なんだよ(^O^) 〕
   私が泊りがけのアルバイトを夏休み中やったのは箱根でも宮城野橋という所で、富士屋ホテルのある宮ノ下とか、金持ちの別荘地の強羅とかそういう所ではなかったが、「慶應の内部進学のやつ」とかは強羅とかに夏休みに遊びに行ったりしていたみたいだった。まさに「民族の違い」「階級の違い」を感じたものだった。「民族の恨みを忘れるな」「階級の違いを忘れるな」というものだった。


  次回https://philoarchi2212.seesaa.net/article/503752327.html 、日本キリスト教団南大阪教会について。

  (2024.6.22.)

☆ 日本キリスト教団 南大阪教会 とその付近・界隈
1.寺西家長屋(大阪市)・昭和町駅付近、アルバイト漬けにされてもモラトリアム人間病で小此木啓吾やアルバイトなんか何もしない大学生はモラトリアム人間病ではないのは月5万円酒代使う男がアル中で10万円酒代使う男がアル中でないのと似ている〔今回〕
2.日本基督教団南大阪教会(大阪市阿倍野区)・村野藤吾設計の塔屋・さっちゃんの歌の碑。「東大に行ったら思いあがった人間になって女を泣かす」か「慶應に行ったら女たらしに『教育』されて悪影響うける」か https://philoarchi2212.seesaa.net/article/503752327.html
3.文の里商店街と桃山学院高校・明浄学院高校。真夏に北野田駅から桃山学院大学まで歩いた思い出。「男の子は何でもさせてもらえてええなあ」なんて絶対嘘だhttps://philoarchi2212.seesaa.net/article/503810290.html
4.桃山学院高校が嫌いな理由1「女子大生がいたら慶應の学生証を顔の前に突きつけてやろうか」という「水戸黄門の印籠」男( 一一) https://philoarchi2212.seesaa.net/article/503932251.html
5.桃山学院高校が嫌いな理由[2]ラグビーのため「だけ」に生まれてきた男。おのれの立場を認識できない男〔今回〕
6.桃山学院高校が嫌いな理由[3]お葬式があると必ず何かやる男。うちはあんたに今後絶対に何か頼むことはないと言ってすぐ後で息子の結婚式に出てくれと頼む男 https://philoarchi2212.seesaa.net/article/504126690.html 
7.桃山学院高校が嫌いな理由[4]嫌いな甥の悪口言うために関係ない高校をけなす男 https://philoarchi2212.seesaa.net/article/504156267.html 
8. 

★ 日本の教会シリーズ
東京都
東京カテドラル聖マリア大聖堂[東京都文京区]
(「建築家」と「建築屋」と「建築士」はどう違うのでしょうか??? 〔引っ越し掲載〕)https://philoarchi2212.seesaa.net/article/201101article_3.html
日本キリスト教団 本郷中央教会[東京都文京区](ヴォーゲル)https://philoarchi2212.seesaa.net/article/201412article_1.html
日本ハリストス正教会 東京復活大聖堂(ニコライ堂)(ミハイル=シチュールポフ・ジョサイヤ=コンドル) https://philoarchi2212.seesaa.net/article/201512article_2.html
サントリーホール背後の霊南坂教会十字架 https://philoarchi2212.seesaa.net/article/201612article_1.html
青山学院 1.ウェスレー像 他 https://philoarchi2212.seesaa.net/article/201702article_2.html
  2.ガウチャー記念礼拝堂・蔦のからまるチャペル 他 https://philoarchi2212.seesaa.net/article/201702article_3.html
新国立美術館 安藤忠雄展。「光の教会」(大阪府茨木市 日本キリスト教団 茨木春日丘教会 教会堂の「復元」 https://philoarchi2212.seesaa.net/article/201711article_11.html
早稲田奉仕園 スコットホール・友愛学舎、信愛学舎 訪問。
1.スコットホール・奉仕園会館・友愛学舎・ベニンホフ像 他 https://philoarchi2212.seesaa.net/article/201801article_5.html
2.信愛学舎。「・・・のために」なしで生きられない人。いかさまの慈善。慶應の不良サークル。https://philoarchi2212.seesaa.net/article/201801article_6.html
3.聖書を否定する「敬虔なクリスチャン」。「クリスチャンの4大義務」。YMCA予備校はなぜだめか。https://philoarchi2212.seesaa.net/article/201801article_7.html
4.「敬虔なクリスチャン」に取り上げられた聖書。入試で白紙で出して望みをかなえられた人と踏みにじられた者。 https://philoarchi2212.seesaa.net/article/201801article_8.html
5.国立大学の哲学科・宗教学科に行かせてもらえなかった私、大阪経大とトーシンダイ(東京神学大学)に行った牧師。https://philoarchi2212.seesaa.net/article/201801article_9.html
6.私の親が私には出してくれなかったカネを「特別献金」で払ったカネで 私大出の男がトーシンダイに行った。https://philoarchi2212.seesaa.net/article/201801article_10.html
田園調布と田園調布の教会
1. 魅力のある街(東京圏)。田園調布はどこまでか。態度の悪い不動産屋にへつらうな。https://philoarchi2212.seesaa.net/article/201806article_1.html
2. 放射線状道路の扇の要の位置の田園調布駅はおしゃれ https://philoarchi2212.seesaa.net/article/201806article_2.html
3. 放射線状道路の扇の要の位置の広場。 独特のデザインの田園調布駅 https://philoarchi2212.seesaa.net/article/201806article_3.html
4. 居住環境を考えた田園調布の街並み。居心地のよい宝来公園 https://philoarchi2212.seesaa.net/article/201806article_4.html
5  日本基督教団 田園調布教会(1) 高すぎる樹木、鎧をかぶったみたいな教会堂、倉庫みたいな建物 https://philoarchi2212.seesaa.net/article/201806article_5.html
6.  同 (2) 跳ね返す素材、教会堂は重厚である必要があるか。「セコム、必要ですか」 https://philoarchi2212.seesaa.net/article/201806article_6.html
7.  同 (3) 牧師館がなぜ教会堂の脇にないのか。遮る扉の玄関扉 https://philoarchi2212.seesaa.net/article/201806article_7.html
8.  同 (4) 「ああ、無情」 「太客」vs「どうでもいい来場者」vs「酔っ払い」 https://philoarchi2212.seesaa.net/article/201806article_8.html
9.  同 (5) バザーの際の違和感。 新教会堂ファサードは・・・みたい https://philoarchi2212.seesaa.net/article/201806article_9.html
10. 同 (6) パイプオルガン・ハンドベルと偶像崇拝・惑溺 https://philoarchi2212.seesaa.net/article/201806article_10.html
11.台(うてな)人体実験と精神医学ファシズム 吉益脩夫 https://philoarchi2212.seesaa.net/article/201806article_11.html
12.今は見当たらない「矢野一郎邸」と「旧人見純一画室」 https://philoarchi2212.seesaa.net/article/201806article_12.html
13.カトリック田園調布教会聖フランシスコ修道院 https://philoarchi2212.seesaa.net/article/201806article_13.html
14.日本福音ルーテル田園調布教会、事故物件田園調布警察署 https://philoarchi2212.seesaa.net/article/201806article_14.html 
救世軍 本営[東京都千代田区]https://philoarchi2212.seesaa.net/article/201905article_2.html
明治学院礼拝堂と記念館・インプリー館[港区]https://philoarchi2212.seesaa.net/article/201912article_3.html
「サンパウロ」「サンパオリーノ」[新宿区]https://philoarchi2212.seesaa.net/article/201604article_3.html
日本キリスト教団 番町教会 と 四谷界隈の「キリスト教」関連施設。
1.市ヶ谷駅から番町教会へ。「結婚式場専用教会」と日本キリスト教団の教会を一緒にする安藤忠雄。「教会」と名づけたパフォーマンス建築の丹下健三。教会の建物は特別の建物でなくてよいけれども「教会らしい」建物の方がいい。息子には出さないカネをよその息子に「特別献金」する親とそれを勧める牧師 https://philoarchi2212.seesaa.net/article/202207article_1.html
2.「さりげなく教会」型デザインの番町教会とさりげなく存在する十字架。背後から聴こえるオルガンはいかがか。「キリスト教系」学校出身者は慶應内部進学と共通点がある https://philoarchi2212.seesaa.net/article/202207article_2.html
3.幼きイエス会・雙葉高校・上智大学・聖イグナチオ教会・女子パウロ会。「隅の親石」を捨てる戸建住宅建築業の会社。聖パウロ修道会が作ったらしい文化放送 https://philoarchi2212.seesaa.net/article/202207article_3.html
4.聖パウロ修道会「サンパウロ」と修道院製品店「サンパオリーノ」。大阪星光学院なんて受けなくてよかった。上智大西側の通りと堤。信仰するなら神と『聖書』を信仰すべきで、「聖職者」を信仰するな! 価値観は多様化なんてしてないと思うぞ https://philoarchi2212.seesaa.net/article/202207article_4.html
※ (2016年4月) 東京のキリスト教書店1 「サンパウロ」「サンパオリーノ」及、四谷界隈。イナカモンの低俗「高級ホテル」 https://philoarchi2212.seesaa.net/article/201604article_3.html
日本キリスト教団 富士見町教会(東京都千代田区)https://philoarchi2212.seesaa.net/article/501854311.html

神奈川県
慶應義塾大学 YMCAチャペル[横浜市港北区](ヴォーリズ)https://philoarchi2212.seesaa.net/article/201206article_3.html
日本キリスト教団 清水が丘教会[横浜市南区]https://philoarchi2212.seesaa.net/article/201309article_1.html

愛知県
豊橋ハリストス正教会(正使徒福音記者マトフェイ聖堂) https://philoarchi2212.seesaa.net/article/201609article_1.html

京都府
京都大学YMCA会館・地塩寮、京都府立医大橘井寮(ヴォーリズ)[京都市左京区] https://philoarchi2212.seesaa.net/article/201705article_2.html
同志社 今出川校地
1.共学同志社見学。JRと京都地下鉄の駅名のつけ方。母親の自慢を本気にする男 https://philoarchi2212.seesaa.net/article/201902article_1.html
2.裏口入学は「庶民」か? 「思考が柔軟」か? 西門、彰栄館https://philoarchi2212.seesaa.net/article/201902article_2.html
3.グリーン設計の礼拝堂。「パンのみにて生きるにあらず」を理解する者しない者 https://philoarchi2212.seesaa.net/article/201902article_3.html
4.「ハリス理化学館 同志社ギャラリー」、大学からなくなるスピーカーズコーナー https://philoarchi2212.seesaa.net/article/201903article_1.html
5.明徳館、『同志社のシンボルとなっている塔』のある建物。「美しき水車屋」の娘? https://philoarchi2212.seesaa.net/article/201903article_2.html
6.千葉教会と同じリヒャルト=ゼール設計の「大志を抱け」とは別人のクラーク記念館 https://philoarchi2212.seesaa.net/article/201903article_3.html
7.寒梅軒、牛の像と大日如来石碑。有終館、致遠館、正門からすぐの良心の碑 https://philoarchi2212.seesaa.net/article/201903article_4.html
8.啓明館。ヴォーリズ設計は新島遺品庫。栂と黒松。京都御苑から相国寺 https://philoarchi2212.seesaa.net/article/201903article_5.html
9.アーモスト館。パラディアンウインドウ、ギャンブレル屋根。「アマースト大学」 https://philoarchi2212.seesaa.net/article/201903article_6.html
10.同志社女子大栄光館。武田五一知ってる? 学校は建築家が完成させない方がいい https://philoarchi2212.seesaa.net/article/201903article_7.html
11.大丸ヴィラ・日本ナザレン教団上京教会・日本聖公会聖アグネス教会ほか https://philoarchi2212.seesaa.net/article/201903article_9.html

大阪府
日本キリスト教団 南大阪教会[阿倍野区](村野藤吾)https://philoarchi2212.seesaa.net/article/201206article_2.html

カトリック大阪梅田教会[北区]
《1》 https://philoarchi2212.seesaa.net/article/201405article_1.html
《2》 https://philoarchi2212.seesaa.net/article/201510article_5.html

高槻カトリック教会(高山右近記念聖堂)[高槻市] https://philoarchi2212.seesaa.net/article/201510article_2.html
日本キリスト教会高槻教会[高槻市]https://philoarchi2212.seesaa.net/article/201510article_4.html
日本基督教団東梅田教会(一粒社ヴォーリズ建築事務所) https://philoarchi2212.seesaa.net/article/201604article_1.html
日本基督教団扇町教会 https://philoarchi2212.seesaa.net/article/201604article_2.html
日本キリスト教団 箕面東教会[箕面市] https://philoarchi2212.seesaa.net/article/201709article_2.html
ガラシア病院[箕面市] https://philoarchi2212.seesaa.net/article/201710article_7.html

日本基督教団 箕面教会
1.一般的「洋風教会型建物」だが使える建物の箕面教会 https://philoarchi2212.seesaa.net/article/201811article_2.html
2.府道から箕面教会。北川原公園・箕面川の紅葉はきれい。高層ビルは野蛮
3.寺社と違って植木を刈らない牧師+「高卒のおっさん」との「競争」は災難 https://philoarchi2212.seesaa.net/article/201811article_4.html
4.「債権者に追われた」人て被害者ですか?「家が貧乏」なら慶應には行けませんか? https://philoarchi2212.seesaa.net/article/201811article_5.html
5.「特別献金」でトーシンダイに行った男。「思考が柔軟だから」裏口入学の男。 https://philoarchi2212.seesaa.net/article/201811article_6.html

大阪クリスチャンセンター・日本キリスト教団大阪教区事務所・大阪女学院・カトリック玉造教会(聖マリア大聖堂)〔大阪市中央区〕
1.大阪クリスチャンセンター・日本キリスト教団大阪教区事務所・大阪女学院 https://philoarchi2212.seesaa.net/article/503467754.html
2.「芋畑なんか相手にしないのよ」てイメージの神戸女学院vsそうでもないイメージの大阪女学院https://philoarchi2212.seesaa.net/article/503486093.html
3.大阪大司教区の司教座教会のカトリック玉造教会(大阪聖マリア大聖堂)、細川ガラシャの像があるのはhttps://philoarchi2212.seesaa.net/article/503513548.html
4.大阪聖マリア大聖堂、左側の高山右近像と右側の細川ガラシャ像。細川ガラシャの碑https://philoarchi2212.seesaa.net/article/503526785.html
5.「ファティマの聖母と羊飼い」「師イエズス修道女会」による「典礼センター ピエタ」https://philoarchi2212.seesaa.net/article/503580028.html

兵庫県
神戸文学館(旧・関学 ブランチメモリアルチャペル)[神戸市灘区](ウィグノ―ル)https://philoarchi2212.seesaa.net/article/201311article_1.html 
日本基督改革派神港教会・カトリック六甲教会[神戸市灘区]https://philoarchi2212.seesaa.net/article/201312article_1.html
関西学院教会 関学 ランバス記念礼拝堂(一粒社ヴォーリズ建築事務所)、関学神学部棟(ヴォーリズ) 他[西宮市]https://philoarchi2212.seesaa.net/article/201405article_2.html
カトリック夙川教会[西宮市] https://philoarchi2212.seesaa.net/article/201406article_1.html
ショファイユの幼きイエズス修道会 修道院・アンティエの家。 日本キリスト改革派宝塚教会。仁川学院。 [宝塚市] https://philoarchi2212.seesaa.net/article/201706article_1.html
カルメル会修道院・日本基督教団甲東教会・仁川学院[西宮市]

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