小学校国語の題材が広島だった理由と地方都市に広島だけ球団があった理由、いわきでオールスター戦の理由

[第208回]
   2011年3月11日の東日本大震災と福島第一原発事故の後、気づいたことが2つある。
【1】 小学校4年の「国語」の教科書に、小学校4年生が書いたという設定で掲載されていた、「印象深かった広島」だったかいう旅行記。
   ひとつは、1960年代の終わり、小学校の4年の時の「国語」の教科書の題材として、「小学校4年生が書いた」ということで掲載されていた「印象深かった広島」だったか、「思い出深い広島」だったか、そういう題名の旅行記だ。広島の平和記念公園や原爆ドーム、それから、宮島の厳島神社などの話が載っていた。 その時、なぜ、広島なのか? ということをあまり考えず、読んで、広島に行ってみたいという気持ちになったのだ。 今から考えると、あれは、小学生が書いたということで掲載されていたが、実際は、小学生が書いたような感じの書き方で大人が書いていたと思う。 そして、その題材を1学期の初めに「国語」で学習した後の夏休み、両親が、「あんた、夏休みにどこか、行きたい所、あるか?」ときくので、「広島に行きたい」と思った通り、言ったのだ。 すると、父親は、「ひ~ろ~し~まあ~あ? 広島みたいなもん、な~んもあらへんで、あんなとこ」と言ったものの、連れて行ってくれた。
   但し、1泊2日で行ったのだが、父は、山口県の秋芳洞・秋吉台に行きたかったらしく、「よし、わかった。あんたが広島に行きたいと言うから、広島に連れて行ってやろう」と言ったわりに、広島に行くのに、なぜ、山口市の湯田温泉にまで行って泊まらなければならないのか不思議で、「なんで、広島に行くのに、山口の湯田温泉まで泊まりに行かないといけないの?」ときいたのだが、「他に泊まる所あらへんねん。」と父が言うので、「広島に泊まったらあかんの?」と言うと、「広島なんて、泊まったってしゃあない」と言うので、家にあった全国鉄道地図帳を見て、湯来温泉とか広島県にも温泉地があるのが載っていたので、「湯来温泉はだめなの?」と言ったが、「そんな所あかん」と父は断固として譲らず、その結果、大阪から特急に乗って、行きは宮島に寄った上で山口市の湯田温泉まで行って泊まり、帰りは午前中に秋芳洞に行った上で、防府から特急に乗って広島で降りて、平和記念公園や平和記念資料館に立ち寄って帰るという、かなり忙しい行き方をしたが、後から考えるに、要するに、あのおっさんは、自分が湯田温泉に泊まりたかったのと秋芳洞・秋吉台に行きたかったのだろう。 その父も他界してから、すでに20年以上、経つ。
   国鉄(現・JR)の宮島口から船で行くと、宮島は鳥居や社殿が海の上に建って、すごい! て感じだったが、「もみじまんじゅう」は、その頃からあったようだが、その頃は全国的にはそれほど有名じゃなかった。 ロープウェイで山に登った所に、オナガドリがいたのを覚えているが、山口市の湯田温泉までその日のうちに行かないといけない為、大忙しで、宮島にも宿泊施設はあるので、どうしてここで泊まれないのだろうと思ったのだが、小学生に主導権はないのでしかたがなかった。
   帰り、広島で下車して、平和記念公園に寄り、原爆ドームも見て、丹下健三設計の平和記念資料館に入館して見学して帰った。
   成人後、建築関係の仕事につき建築関係の資格を取得したりして、丹下健三という「建築家」を知って、丹下の設計の建物をいくつか見て、なんだか、自己顕示欲の塊みたいで、利用者のためを考えない芸術家気取りの身勝手な建物で、いいと思えないようになったのだが、広島平和記念資料館については、その時は建物にはそれほど関心はなかったのだが、特に悪い建物だとは思わなかった。
   その時、気になったことがある。 広島に原爆が落とされた時、「その後、最低30年は草もはえないだろうと言われた」だったか、 「向こう何十年は人は住めないのではないかと言われた」だったか書かれていたように思うのだ。 実際には、その時点で、広島に原爆が投下されてから30年経っていないのだが、草は生えていたし、人も住んでいたのだが、しかし、そう言われたと書かれていたように思う。 で、「向こう30年は草も生えないのではないか、と言われた」という場所に、25年も経っていないのに、来て問題ないのか? え? と思ったのだ。 そこに住んでいる人はおり、広島市は県庁所在地で中国地方では「きびだんごの岡山」か「もみじまんじゅうの広島」かという二大都市(?)なのだが、、そこにいて問題はないのか?  ここに来て問題はないのか? 今、来ているけれども来て大丈夫なのか? と思ったのだ。 
※《広島平和記念資料館 HP》http://www.pcf.city.hiroshima.jp/
 《ウィキペディア―広島平和記念公園》http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BA%83%E5%B3%B6%E5%B9%B3%E5%92%8C%E8%A8%98%E5%BF%B5%E5%85%AC%E5%9C%92


【2】 東京圏・関西圏・名古屋・福岡以外で、なぜ、広島にだけ、広島カープというプロ野球の球団があったのか? 
    1960年代の終わり、プロ野球の球団は、東京圏の東京に、巨人(読売)・産経〔→ヤクルト〕・東映〔→日拓ホーム→日本ハム〕・東京〔→ロッテ〕、川崎市に大洋〔→横浜大洋→横浜→横浜DeNA〕と5チーム、関西圏に、兵庫県西宮市に阪神・阪急〔→オリックス〕、大阪市に南海〔→ダイエー→ソフトバンク〕・近鉄〔→大阪近鉄→オリックスに合流? 楽天?〕と4球団、中京圏の名古屋に中日の1球団、九州の福岡に西鉄〔→太平洋クラブ→クラウンライター→西武〕の1球団とあった。そして、もう1球団は中国地方の広島にあったのだ。
    その後、身売りや移動があって、現在は、東京圏は顔ぶれはかわったものの前と同じ数の5チーム、中京圏の名古屋も中日1球団と変わらず、福岡は西鉄→太平洋クラブ→クラウンライター が西武に身売りして埼玉県に移った後、身売りした南海を引き継いだダイエーが福岡ダイエーホークスとなり、今はソフトバンクホークスで1球団から1球団と数は変わらず、変化したのが関西で、南海と近鉄が無くなり、阪急がオリックスに変わって4球団から2球団へと、関西圏の経済的地盤沈下を象徴するような減り方をしている。そして、関西で2球団減った分が、北海道の札幌に日本ハムの1球団が、東北地方の仙台に楽天の1球団が移った。 中国地方の広島は広島カープ1球団が存続している。
    それで。 1960年代の終わり頃。 東京圏に5、関西圏に4、中京圏に1、九州に1 はわかる。 その頃の、経済的な力関係や人口の分布からそうなったのかと思う。 また、プロ野球が最初にできた頃、できるだけ、地域に密着し、恣意的な運営がなされないようにということで、問題のない業種の企業にオーナーになってもらおうと、電鉄・新聞・映画が御三家と言われてオーナーとなったらしく、そうなると、東京圏と関西圏が多くなり、他は、名古屋の中日新聞と福岡の西鉄ということになったか、とも思う。 九州に球団があっても、北海道と東北にないのは、スポーツにも暖かい地方のスポーツ・寒い地方のスポーツ、夏のスポーツ・冬のスポーツというものがあり、野球は、基本的には暖かい地方のスポーツ、春から夏にかけてのスポーツで、それから考えれば、北海道や東北よりも九州の方がさかんであってもわからないことはない、と思った。 で・・・・・。 なぜ、広島にあるのだろう・・・・と言うと、広島カープのファンの方で怒る方もあるかもしれないが、ここは怒らないで聞いてほしい。
   広島にあって悪いということはない。 しかし、それなら、岡山には、なぜ、ないのだろう? て疑問を感じませんか?  あるいは、高松には、なぜ、ないのだろう? 松山には、なぜ、ないのだろう?  広島には野球の好きな人が多い・・かもしれないが、岡山にだって多いだろうし、松山にだって多いと思う。 高校野球の場合、広島には、全国優勝経験のある広陵高校とか広島商業高校とかあって、江川がいた作新学院に広島商業高校が勝った時なんか、私も感動して見ていたのだが、そのあたりを見ると、広島は、他の地域以上に野球が好まれる地域なのか・・・て感じがしないでもないが、松山だって、太田幸司の青森県三沢高校と決勝戦で延長18回を戦い抜いた上で、翌日の再戦で勝って優勝した松山商業高校とか、全国優勝した高校はあるし、高知だって徳島だって全国優勝した経験のある高校はあったはずだ。 中日・阪神・楽天の監督をやった星野仙一は岡山県の出身でプロ入りする前は阪神ファンだったというが、星野が、岡山県は野球の好きな人が多く、阪神ファンが多い地域だとどこかで語っていたが、岡山県だって広島と変わらず、野球の好きな人は多い県で、星野だけじゃなく、カミソリシュートの平松政次とか岡山県出身のプロ野球選手は何人もいる。 広島カープは東洋工業がオーナー企業になったということがあるとしても、他の都市でだってオーナーになってくれる企業は捜せばあったかもしれないし、日本ハムだって、もともとは、徳島ハムだったのが全国的企業にしようとして日本ハムになった会社で、もともと、札幌の会社だったわけではないし、楽天だってもとは経営者は関西出身のはずで、ダイエーだって大阪で始まったスーパーだし、発祥の地や主たる企業の立地の場所でなくても、その地域に球団を持つのだ妥当となれば、他の地域の会社がオーナーになることもありうる。 楽天やライブドアが仙台を本拠地にしようとしたのは、仙台の会社だったからではない。B&Bの漫才でも 「もみじまんじゅう 広島」VS「きびだんご 岡山」 は同格の都市として論じられていて、両方とも野球の好きな人の多い都市なのに、なぜ、広島にだけ球団があるのか?
   結論として、広島と同じくらいの経済的位置づけの都市は他にもあるのに、なぜ、東京圏5・関西圏4・中京圏1・九州1 と別に、広島だけ1球団あったのか? というと、 秋田書店から発行されていた、長嶋茂雄監修という『プロ野球入門』という本に書かれていたのは、「原爆の都市に球団を」ということで、広島に球団が作られた・・・・ということらしい。


【3】  福島第一原発の後、福島県でプロ野球の試合が開催される時、いわき市の いわきグリーンスタジアムで開催される割合が大きくなったと思いませんか? 
   福島県では、人口が10万人以上の都市は、浜通りの いわき市が1990年代終わりに36万人と言っていたように思ったが、原発事故後、34万人と出ていたが、いわき市が一番多く、東北地方では仙台の次、福島県では最も多い。次いで中通りの郡山市で32万人ほどだったのではないか。その次が県庁所在地の福島市で20万台だったはずで、その次が会津地方の会津若松市で10万人以上20万人未満だったはずだ。他の市は10万人未満だ。この いわき・郡山・福島・会津若松の4市が福島県では人口が10万人を超える市で、いわき市と郡山市が東北地方では秋田市とともに「中核市」になっていた3つの市である。 山梨県で最大の市・・・と言えば、甲府市、栃木県で最大の市と言えば・・宇都宮市・・・とはっきりしているのだが、福島県の場合は県庁所在地の福島市よりも人口では いわき市の方が多く、経済的には郡山市の方が中心地の性格を持っていた。  大手都市銀行は都会に住んでいる人間にとっては大手金融機関という印象があるが、地方の都道府県に行くと、支店は県庁所在地か県庁所在地より人口の多い都市に1店くらいしかないという銀行が多い。 かつて、私が 1990年代、いわき市に住んでいた時、福島県には、富士銀行だけが、いわき・郡山・福島・会津若松の4市に支店があったが、それ以外の住友・三菱・さくら(太陽神戸三井)・三和といった銀行は、郡山か福島のどちらか片方に1店あるだけだった。 要するに、福島県で1都市ということになると、郡山が選ばれることが多く、そうでなければ、県庁所在地の福島が選ばれた。 1都市ではなく、2都市か3都市か4都市となると、浜通りのいわき市と中通りの郡山市、浜通りのいわき市と中通りの郡山市と福島市、あるいは、郡山市と会津地方の会津若松市という選択になることがあった。 プロ野球の球団が福島県で公式戦を開催する場合、福島県で3試合おこなうという時、いわき市で1試合、郡山市で1試合、福島市で1試合の3試合か、いわき市で1試合、郡山市で2試合といった開催になることが多かったように記憶している。
  ところが。 2011年に、福島県双葉郡の大熊町と双葉町にかけてある福島第一原発で事故が起こった後、プロ野球のオールスター戦が、2011年に楽天の本拠地のクリネックススタジアム宮城で開催され、2012年には、東北地方の岩手県の岩手県営球場で開催され、そして、2013年には、福島県の いわき市の いわきグリーンスタジアムで開催された。 12球団の1つの本拠地である仙台、次の年に福島第一原発からは少しは離れているが放射性物質はある程度飛散した地域もある岩手県で、そして、その次の年には福島県で・・・・だが、福島県でも、この場合、福島第一原発事故より前なら、「福島県で1か所」なら、郡山市が開催地に選ばれる可能性が高かったのだが、郡山市ではなく県庁所在地の福島市でもなく、いわき市だった。
  なぜか? 
福島市は多くの地域が「放射線管理区域」と言われる人が常駐してはならない放射線量の場所になってしまっており、郡山市もそれに準ずるくらい放射線量が高いのに対し、いわき市は中南部においては放射線量は福島県の浜通り・中通りの多くの地域より低い・・・からでしょう。 いわきグリーンスタジアムは、駅のすぐそばではないが、JR常磐線では「湯本」駅が最寄駅で、その場所は、北部・中部・南部と分ければ中部、北部・南部と強引に2つに分けるならば南部になるでしょう。 いわき市でも北部では放射線量が相当高い場所があったらしいが、中南部は福島県では低い方だったようだ。だから、でしょう。
※ プロ野球のオールスター戦の過去の開催地は、
《ウィキペディア―オールスターゲーム(プロ野球)》http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AA%E3%83%BC%E3%83%AB%E3%82%B9%E3%82%BF%E3%83%BC%E3%82%B2%E3%83%BC%E3%83%A0_(%E6%97%A5%E6%9C%AC%E3%83%97%E3%83%AD%E9%87%8E%E7%90%83)
「放射線管理区域」については、
《ウィキペディア―放射線管理区域》http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%94%BE%E5%B0%84%E7%B7%9A%E7%AE%A1%E7%90%86%E5%8C%BA%E5%9F%9F 他参照。


   結論を言えば、私が小学校の4年の時の「国語」の教科書に、「印象深かった広島」という、「小学校4年生が書いた」ということになっていたが実際は大人が書いたのであろうと思われる旅行記が教材として掲載されていたのも、戦後、原爆が投下されてまだそれほど経っていない時期の広島にプロ野球チームが作られたのも、広島原爆による放射能汚染の影響を恐れて、人々が広島に行くのを躊躇するのを避け、広島にためらわずに行くようにもっていこうとしたもので、そして、福島第一原発のあった年に、仙台で、翌年に岩手県の盛岡市で、そして、その次の年に、いよいよ、福島第一原発のある福島県で・・・だが、それまでなら、福島県で1か所となると郡山市が選ばれることが多かったのだが、郡山市ではなく いわき市の中南部にある いわきグリーンスタジアム で開催された、というのは、福島第一原発事故による放射能汚染の影響で、東北地方、特に福島県東部・中部(浜通り・中通り)に行くのをためらう人に、放射能汚染の心配がないかのように思わせて行かそうとする作戦・策略でしょう。 本当に安全なのなら、行けばいいのですが、安全でしょうか? 

   広島の原爆の影響は、今においても、まったく影響がないということはないとしても、もはや、福島第一原発事故による放射能汚染の影響を考えれば、今現在での広島原爆による影響はずっと小さいと考えるしかないでしょう。 しかし、福島第一原発事故による放射能汚染の影響は、どう考えても、そう簡単になくなるようなものではないし、どう考えても、福島県東部中部の多くの地域は安全なわけないはずなのです。 いわき市の いわきグリーンスタジアムの場所は、比較的放射線量の少ない地域ではないかと思われますが、そこでオールスター戦を開催したりすることで、あたかも、福島県の大部分の地域は、もう危険ではないかのように国民に思わせようとする動きというのは、いかがなものかと思いますね。 そもそも、かつてなら、福島県で1か所となると、たいてい、郡山市の開成山球場だったのに、郡山市や福島市ではなく、なぜ、いわき市の いわきグリーンスタジアムなんだ? というと、郡山市の放射線量が高く、いわき市の中南部の方がまだしも低いから、でしょう。
※ 開成山球場は、《ウィキペディア―郡山総合運動場開成山野球場》http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%83%A1%E5%B1%B1%E7%B7%8F%E5%90%88%E9%81%8B%E5%8B%95%E5%A0%B4%E9%96%8B%E6%88%90%E5%B1%B1%E9%87%8E%E7%90%83%E5%A0%B4
いわきグリーンスタジアムは、《ウィキペディア―いわきグリーンスタジアム》http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%81%84%E3%82%8F%E3%81%8D%E3%82%B0%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%83%B3%E3%82%B9%E3%82%BF%E3%82%B8%E3%82%A2%E3%83%A0 など参照。

   オールスター戦の開催地を、郡山市や福島市ではなく いわき市にしたというのは「比較的良心的」だったのではないかと思っています。 「比較的良心的」というのは、福島県で開催することで、福島県東部中部が安全であるかのように誤解させようという悪意は感じるのですが、一方で、郡山市や福島市ではなく いわき市中南部を開催地に選んだという点で、「比較的良心的」だったのではないか、というのです。
   それに対し、女子マラソンだか女子駅伝だかを福島市で開催したのは、たとえ、その走るコースについては「除染」したとしても、何も わざわざ、そこでやることないではないか、ということで、理解に苦しみます。 たとえ、福島県で開催するにしても、会津若松市とか いわき市中南部とかで開催するという方法もあったのではないのか、と思います。
   プロ野球のオールスター戦は郡山・福島ではなく いわき市中南部のいわきグリーンスタジアムで開催され、女子マラソン・女子駅伝は放射線量の高い福島市で開催されたのは、プロ野球はまがりなりにもプロ野球選手会という労働組合がある為、福島県でプレーするのは認めるが福島県東部中部では比較的放射線量の低いいわき市中南部のいわきグリーンスタジアムで、ということになったのに対し、女子マラソン・女子駅伝には労働組合がなかったから、ということでしょうか?


   最近、「風評被害」という言葉が本来の意味とは異なった意味で使われだしています。 「風評」「風評被害」というのは、実際にはそうではないのに、そうではないのかと疑いを持たれて、その結果として、評判が落ちるというものを言うのです。 今回、福島第一原発の事故ははっきりと起こり、そして、放射能汚染は起こったのです。 それは「風評」ではないのです。 
   そして、「風評被害」という言葉が叫ばれることで、福島県東部中部などについて述べる者の発言、著述において、少しでも正確と言えない箇所がないかと重箱の隅をつつくように捜して攻撃を加えるという動きが出ています。 根本的な問題として、もしも、正確と言いきれない発言、記述をする人があったとしても、福島県東部中部に害を加えたのは、その発言・記述をした人ではなく、危険極まりない原子力発電所というものを、そこに造った人、建設を推進した人、操業を推進した人、原子力発電所という危険極まりないものを安全であるかのように言いまくった人、であって、原発事故後の状況について発言した人間、記述した人間が原発事故を起こしたのではないのです。 この程度のこともわからないくらい、福島県人は馬鹿かというと、そんなことはないと思うのです。しかし、どうも、インターネット上のニュースなど見ていると、「風評」「風評被害」という言葉が、福島県の特に東部中部について述べる者に対して攻撃する用語として使われているように思います。
   福島県では、「福島民報」「福島民友」という地方新聞があって、いわき市に勤務した時に聞いた話では、いわき市や双葉郡では、福島民報・福島民友と朝日新聞・読売新聞の4紙が購読者数が同じくらいで、この4つの新聞の購読者が多いということだったのですが、先日、インターネットのヤフーニュースで見たのは、福島民友の記事ですが、そこに「風評被害」という言葉が使われていたのです。福島県の地方新聞の記事に。今も、福島県産の農産物を買わない人が東京などで多く、風評被害にあっている、と。 馬鹿じゃないのかと思いました。 何も起こっていないのに汚染されているように言われるなら「風評」ですが、原発事故は起こり放射能汚染も起こり、農産物の放射能汚染も起こったのです。「風評」じゃないのです。
   福島県産の農産物を買わない人間が福島県人に害を加えているのではなく、福島県に放射能汚染をもたらした者、放射能汚染をもたらせる原子力発電所を建設・操業した者が害を加えたはずなのです。
   福島県東部中部の放射能汚染について述べる者について、不正確な記述がないか重箱の隅をつつくようなことをして、「風評被害」だと言いまくる動きがありますが、他にすることがあるのではないのか? 述べる者を攻撃するのではなく、放射能汚染の危険な面の方を述べない者を攻撃するべきではないのか?  

  「風評被害」だとか言うことで、悪いのは、福島県産の農産物を買わない他県の人間で、原発事故を起こした者・危険極まりない原子力発電所を作って操業した者の方ではないかのように言う「福島民友」の書き方はおかしくないか?  いわき市に住んでいた時、福島県では、福島民報は毎日新聞や朝日新聞と同じ販売店が担当していることが多く、福島民友は読売新聞と同じ販売店が担当していることが多いようだったので、福島民報と福島民友なら福島民友の方が読売に近い方の新聞か?と思ったのだが、そのあたりについてははっきりとは把握できていないが、「産経は右翼の機関紙。 読売は自民党の機関紙。まともなマスコミは朝日だけ」と朝日新聞のOBがかつて話していたと「アサヒ芸能」だったかに載っていたが、福島民友は福島民報より読売に近いとしても、読売ほど「自民党の機関紙」ではなく産経ほど「右翼の機関紙」ではないだろうと思ってきたのだが、福島民友も産経新聞の仲間になってしまったのだろうか???


【4】 私の知人2件の話。
   私が勤めた会社におられた方ですが、ご両親が広島で被爆されたそうで、ご本人は広島原爆の時、まだ、生まれていなかったのですが、影響はあると言われるのです。 真面目に勤務される方なのですが、時々、体調不良で続けて休まれることがあります。 私と同年代の方ではあっても、広島原爆の時に、その地域にいなかった両親から生まれた私には、状況が良くわからないのですが、原爆の被害の影響はあるらしく、時々、そして、突然、体調不良が出てくるらしいのです。
   1990年代に福島県いわき市に勤務した時、いわき市で住んでいたアパートの隣の部屋に私より少し年上の御夫婦がおられ、その時、幼稚園に行っていた年子の女の子2人がいました。 朝、私が出勤する時には、アパートの階段付近にいて、「いってらっしゃ~い」と言って手を振ってくれたりしたのを覚えています。 今、どうしているでしょうね。 2011年の秋に、インターネット上のニュースを見ていると、福島県の伊達市の高校生の女の子が、修学旅行に横浜に行く時に、自分の家で売れなくて困っている桃を持って行って、横浜で「福島県の桃」をアピールして配ろうと話し合って決めた、という記事が出ていたのを見ました。 私がいわき市にいた時に住んでいたアパートで、朝、私が出勤する時に、「いってらっしゃ~い」と言って手を振ってくれた女の子は、年を計算すると、ちょうど2011年頃、高校生くらい、その記事の女の子と同じくらいの歳のはずでした。 福島県に5年間住んだ者としては、福島県の高校生が東京圏に修学旅行で来るというのは親戚の子が訪ねてくるような感覚がして、そして、朝、私に手を振ってくれたその頃は幼稚園児だった女の子を思い出しました。でも、その記事を見た時、思ったのです。心配するべきは、桃よりも自分自身ではないのか? と。桃の心配をしている時ではないのではないのか? と。
  福島県伊達市の高校生の女の子が、自宅で作っている桃が売れなくて困っているということで、なんとかしようという気持ちで、修学旅行に行く時、行先の横浜で「福島の桃」を配ろうということになったという記事を見て、かつて、福島県に住んでいた時に、私が出勤する時に「いってらっしゃ~い」と言って見送ってくれた隣の部屋の女の子を思い出しました。 そういうことを思うというあたり、気持ちの優しい子なんだなあと思い、福島県は原発事故がなければ土地もいい所だったし、人間だって人間性豊かな人の住む所だったのにと思いました。しかし、雁屋 哲 原作・花咲 アキラ 画『美味しんぼ 110 福島の真実1』(2013.9.4.小学館)にも、その土地の放射線量が高くても、農産物にはそれほど放射性物質が移行しない場合もあるようなのですが、たとえ、そうであっても、放射線量の高い場所に住むというのは、そこに住んでいる人間の健康にとって良いとは言えないという話が出てきますが、もしも、たとえ、桃がそれほどは放射性物質を含んでいなかったとしても、だから問題がないということになるのではないわけです。
  桃の放射線量について、水口憲哉・明石昇二郎 編著『別冊宝島 食品の放射能汚染完全対策マニュアル』2011.10.16.宝島社)によると、キャベツの最大計測値1400ベクレル/㎏(浅川町他)、ブロッコリーの最大計測値6900ベクレル/㎏(飯館村)、ホウレンソウの最大計測値2万ベクレル/㎏(田村市)などに比べれば小さい数値ではあるが、残念ながら、伊達市において、82ベクレル/㎏ と、最大計測値が計測されている。横浜では、ただで桃がもらえると好評だったらしいが、放射能の影響がどうか考えずにただだからと喜んで受け取る人間も、なんだか・・・・。


   チェルノブイリ原発の事故があった後、旧ソ連で、チェルノブイリからそれほど遠くない場所に、そのまま住んでいる人がいるというのを、まるで馬鹿にしたかのように報道する日本の雑誌が何誌かあったのを見ました。 今、日本で、その記事に書かれていた人たちが住んでいた場所からチェルノブイリ原発までの距離よりもはるかに福島第一原発に近い距離に住んでいる人たちが何人もいるのです。 そして、今、「避難地域」になっている場所を「解除」して「戻ってもらおう」という動きもある。 本当に安全なら戻ればいいのですが、そんなに簡単に安全になるとは思えないのです。


   雁屋 哲 原作・花咲 アキラ 画の『美味しんぼ』が、福島県の東部中部を取材した登場人物の山岡が鼻血を出した場面を描いたことについて、激しい攻撃を加える人たちが出ましたが、そもそも、危険極まりない原子力発電所というものを建設・操業してきた自民党の議員が、原発事故の影響が出た地域について取材して描いた漫画の描き方がいいだの悪いだのと言って、原発を建設・操業し推進してきた自分たちの党についてきっちりと自己批判もせずに、人を攻撃しているということが、まず、第一におかしいのです。 こいつら、いったい、何なんだ? と思いませんか?

   福島第一原発事故の後の日本の社会の動きを見てわかりました。 1960年代終わり、私が小学校の4年の時の「国語」の教科書に載っていた 小学校4年生が書いた ということになっていた広島旅行記は、あれは、今、しばしば、ヤフーニュースなどで見られる表現によれば、「風評被害を防ぐ」ためだったのです。 原爆を被爆した地域を小学校の教科書にとりあげ、かつ、その取りあげ方が、宮島の厳島神社など魅力的な歴史的遺産があることを述べるとともに、原爆の史跡と資料館を、過去の事件を取りあげて平和を求めるために、ぜひとも多くの国民が訪ねてみるべきものだ、というように、その点は間違いというわけではないとしても、その時点でも原爆の影響はなくなったわけではないはずの場所を、小学生用の教科書で取り上げることで、小学生をはじめとして国民にそこに行かそうとしたもの・・だった。 そういうものだったようだとわかりました。小学生の時は、そこで、岡山ではなく山口ではなく鳥取ではなく高知ではなく愛媛ではなく、広島が取り上げられているのは、たまたまだと思っていたのですが、そうではなかったと思います。
   そして、2013年のいわきグリーンスタジアムでのプロ野球のオールスター戦開催は(前年の岩手県営野球場でのオールスター戦開催も)、かつて、「原爆の町に球団を」ということで、広島カープができた、のと同じ傾向の動きのようだ・・・とわかったのです。
   「 年年歳歳 花相似タリ  歳歳年年 人同ジカラズ 」 という漢詩を高校の漢文の時に学びましたが、なんだか、日本の社会のやっていることというのは、 「 年年歳歳 花相似タリ  歳歳年年 人同ジカラズ 」で、生きている人間はいくらか変わってもやっていることは、変わらない。 良いことが変わらないならいいのですが、哀れな実態が変わらない という感じがします。

   せめて、県庁所在地を会津若松か いわき市南部に移すべきだと思うのですが、大部分の地域が放射線管理区域に該当している福島市に今も県庁所在地を置いているというのも、これも、いわゆる「風評被害を防ぐため」、即ち、安全でもない場所を安全だと思わせて被曝させるため、でしょうね。
    (2015.2.26.)

美味しんぼ「鼻血問題」に答える
遊幻舎
雁屋 哲

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≪  (「ビッグコミック スピリッツ」の)編集部には電話が20回線、引いてあります。 その20回線の電話に、朝10時の業務開始時刻から夜7時、時には10時近くまで抗議の電話が鳴り止まないのです。 その抗議の電話も、いきなり怒鳴る、喚く。 電話を受けた編集者が返事をすると、その返事が気にいらないと喚く。 返事をしないとなぜ返事をしないと怒鳴る。 それが、一時間にわたって続くのです。・・・・ ・・ただ、いくつかの企業に、そのような電話をかけて来る人間がいて、そういう人間はプロのクレーマーと呼ばれるという話は何度か聞いたことがあります。 プロのクレーマーの狙いは、クレームを抑えるための金銭の要求、あるいは単に狙いをつけた企業に対する業務妨害です。 ・・・・そんな電話がかかって来たら、すぐに切ればよいだろうといいましたが、編集長は出版社としてそうは行かない、といいます。・・・出版社は読者と称して電話をかけてきた相手に対しては丁寧に応対しなければならないのだそうです。 それに、そんな人間ばかりでなく、普通の人からも電話がかかってくるともいいます。・・・≫
(雁屋 哲『美味しんぼ 「鼻血問題」に応える』2015.2.10. 遊幻舎 「第1章 なぜ私はこの本を書いたのか」) ↑

≪ 今回の『美味しんぼ』騒動で、現職の消費者担当相として「(漫画の描写は)放射能と鼻血との因果関係があるかのように誤解される記載だった」「影響力の大きさを考えると、福島県民と子供たちの根拠のない差別や偏見を助長するようなことについては大変、遺憾だ」などと批判の急先鋒に立つ森まさこ氏など、二年前の参院東日本大震災復興特別委員会(6月14日)でこんな質問をしているのだ。
「(将来的に子供たちが原発事故が原因で病気になった場合)被害者の方が、子供たちの方が、この病気は原発事故によるものだということを立証しなければならない。 これはほとんど無理なのです。 (中略)具体的には、こんな心配の声も聞いています。 子供が鼻血を出した、これは被曝による影響じゃないかと心配で、診察してもらった、検査してもらった、そのお金はどうなるんですか?ということです」 ・・・・
・・・・・・・ 悲しくも滑稽なことに、当時野党だった自民党所属のこの国会議員たちは、自分たちが与党になると、「鼻血問題」を真摯に取り上げて当時の与党であった民主党を攻撃したことをころっと忘れて、例えば、森まさこ氏などのように、『美味しんぼ 福島の真実編』の鼻血場面について、 「影響力の大きさを考えると、福島県民と子供たちの根拠のない差別や偏見を助長するようなことについては大変、遺憾だ」として、今度は「『鼻血』を問題にすることが福島の人たちを傷つける」と正反対のことをいい出しました。 いや、すごいな、と思います。 自分たちが野党だったときには「放射能の影響で鼻血が出ていて大変だ」といって、当時の政府を攻める道具に使い、自分たちが原発推進いのちの与党になると、「鼻血が出るということは、大変に遺憾だ」という。 「鼻血」はこの人たちにとっては道具に過ぎないのです。 ・・・≫
(雁屋 哲『美味しんぼ 「鼻血問題」に応える』2015.2.10. 遊幻舎 「第3章 「鼻血問題」への反論」)↑

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≪ 「低線量の放射線は安全性が保証できない。 国と東電は福島の人たちを安全な場所に移す義務がある。 私は一人の人間として、福島の人たちに、危ない場所から逃げる勇気を持ってほしいと言いたいのだ。
 特に子供たちの行く末を考えてほしい。 福島の復興は、土地の復興ではなく、人間の復興だと思うからだ。」(海原 雄山)≫
(雁屋 哲 原作・花咲 アキラ 画『美味しんぼ 111 福島の真実2』(2014.12.15.小学館)↑

☆ 「福島」という表現で、福島県全体が同じように放射能汚染を受けているかのように言うのは不適切だと、『美味しんぼ』の「福島の真実」という章名を批判する文句を、ヤフーニュースのコメント欄で見ましたが、『美味しんぼ』の「福島の真実」編の中でも、福島県でも地域によって違いがあることは述べられており、地域によっても違いがあることも「福島の真実」として述べられており、又、雁屋 哲氏のブログでも、会津地方のどこだったかの放射線量は雁屋哲氏の住む神奈川県横須賀市と比べても高くないことや、会津の米は放射性物質の含有量は多くなく、雁屋氏も食べていることなどが述べられていたはずです。 

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